同業他社は敵か味方か
これまで文具をたくさん作ってきて、文具関係の方々と接点を持つことが多いのだけど、痛感するのはメーカー同士の仲がいいということ。
文具以外の業界から転身されてきた方も、以前こんなことをおっしゃっていた。
「私が前にいた業界では、こんなに仲がいいのは絶対あり得ない」
同業他社とは会話もなければ、意見交換もない。ただの「敵同士」であり、会社間で仲良くするなんて考えられないという。
もちろん「敵」を意識することがプラスに働くことはある。
競争意識が芽生え、互いに切磋琢磨でき、相手の背中を追いかけるうちに気づけば自分自身が成長していたりする。敵を「目標」と言い換えれば分かりやすい。
一方で、同業他社を敵視せず、仲間とみなすことで得られるメリットも大きい。
昨日から始まった「FRAT」という展示会は、まさに仲の良い同業他社同士が手を組んで立ち上げられたもの。
自分たちが理想とする場を独自に立ち上げ、より良くなるよう一緒に準備して、当日の設営までも全員で行っている。
会期中も業界内外の有益な情報はあけすけに共有するし、困りごとがあったら互いに解決策を見出すし、何なら取引先まで紹介し合う。
「情けは人のためならず」を地でいくような関係性だ。だって、明日は我が身だから。相手に手を差し伸べることが、ひいては自分たちのメリットにもつながるから。
と、そんな打算さえも感じさせないのが文具界隈の人たちの不思議な魅力かもしれない。
もちろん、その業界のすべての人が同じではないし、あくまで自分を基点とした「まわりの人たち」のふるまいがそう見えるというだけの話だから、「業界」とひとくくりにするのは雑な解釈かもしれない。
いずれにしても同業他社がいがみあっているか業界か、それとも仲良くしている業界か、どちらかを選べと言われたら、やっぱり私は後者を選びたい。
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と、そんな文具業界の端くれでもある私が、一冊の本を出版することになった。
タイトルは『じわじわくる文具』。
ぱっと見ではその良さが分からないけれど、分かれば一生使いたくなる実力派の文具を「じわじわくる文具」と名づけて37個選び抜き、そのひとつひとつに「自分なりの解説」を加えたもの。
その37個の文具はなんと、すべて「同業他社の製品」なのである。
そもそも本を書く機会がめぐってきたのは、ひとりの編集者さんによる熱心な誘いがあったからだった。「松岡さんと本が出したい」「どんな内容にするかはこれから考える」といった調子で、ずっと口説いてくれていたのだ。
その最初のお声掛けから約2年。
ようやく巡ってきた打席なのだから「自社のことを書く」という選択肢もあったかもしれない。
「本になった」という事実が信用度を底上げするのは間違いないから、社史や自社商品について書けばその後のビジネスがやりやすくなったはず。もっと自己アピールを貫いてもよかったかもしれない。
でも、それでは「読者としておもしろくない」と思った。
もっとコンテンツとして、エンタメとして、人に楽しんでもらえる一冊にしたかった。だから自社商品のことはさておき、純粋に「自分も読みたい本」を書くことを強く意識した。
そうして生まれたのがこの『じわじわくる文具』だ。
一メーカーの代表でもある人間が、よその商品を褒めちぎる、しかも本にまとめ上げるだなんて「どうかしてる」と言われてもおかしくない。相手をアシストしたところで自社には直接的な利益もないわけで、自らをアピールするチャンスをふいにしてまでやることではなかったのかもしれない。
でも、私は文具メーカーの人間である前にひとりのユーザーでもある。だから純粋に自分が「いいな」と思って使っているものを読者に紹介することにした。くり返すけど、その方がおもしろいと思ったから。
その上で、文具メーカーの経営者であることも本の中で隠さなかった。同業他社として素直にその商品の素晴らしさを認め、同業だからこそ言えることも包み隠さず、自伝でも宣伝でもない「読みもの」を書いたつもりだ。
だから、たくさんの人に読んでもらいたいなと思っている。
7月13日(水)、いよいよ全国の書店に並びます。
-下記のイベントは終了しました-
【ご案内】じわじわくる対談を開催します
そして今回、『じわじわくる文具』の出版を記念して、7月8日(金)にトークイベントを行います。
ガジェット解説番組でおなじみの人気YouTuberトバログさんを交え、いま一番楽しい文具とガジェットの選び方、楽しみ方を紹介。
白や黒へのこだわり、ツールと色の関係性、それぞれのカバンの中身など、時間いっぱい思いの丈をぶつけ合います。
場所は東京・六本木「文喫」。著者サイン本付きのチケットもあります。ご来場をお待ちしています。
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