スニッパ裁判終結 & スウェーデンと日本の刑法を読んでみた
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今回の執筆者 羽根 由
専門言語 スウェーデン語
居住地 スウェーデン
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2024年4月、「スニッパ裁判」が終結した。
2023年4月に私が書いたブログ記事があるので、興味のある方にはぜひ読んでいただきたい。↓
スニッパ裁判――スラングがわからないからと国語辞典に当たった裁判官たち|北欧語書籍翻訳者の会 (note.com)
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経緯を簡単にまとめると
2021年6月13日 10歳の少女が50歳の男性から被害を受けた。男性は「児童に対するレイプ罪」で起訴された。
2022年秋 地裁で有罪判決。
2023年2月 高裁で無罪判決。(えっ?!)
高裁の言い分
「Snippa は辞書によると女性の外性器のことで膣ではない。
検察側はレイプ以外の性犯罪の求刑をしなかった。だから他の性犯罪で有罪にはしない」
↓
判決に対する大きな批判が起こる。
2023年11月17日 最高裁は高裁の判決を破棄、審理の差戻を決定。
2024年2月23日 高裁で裁判官を替えて再審。男性は有罪、拘禁刑3年、損害賠償14万クローナ(約210万円)。
2024年4月30日 最高裁が上告を棄却。男性の有罪が確定。
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2023年2月の最初の高裁判決について私が疑問に思ったのは、「被害女児の使った言葉の意味がわからないから国語辞典に当たった」裁判官以外に、容疑者男性が女児の下着に手を入れたことは認定されているのに、なぜ他の性犯罪で罰せられなかったのか?ということだ。
じつは2023年11月の最高裁の判決破棄・差戻の理由も「『児童に対するレイプ罪 (våldtäkt mot barn)』 または『児童に対する性的暴行罪 (sexuellt övergrepp mot barn) 』に該当する可能性を審理するように」だった(参考)。
日本では、裁判官は検察の求刑に拘束されることなく法律を解釈できる。スウェーデンではできないのだろうか、と疑問に思い、調べてみた。
結論から言うと、スウェーデンでも日本と同様、裁判官は求刑には拘束されずに法律を解釈できる。
ただし、その罪に該当するのかどうかの審理は必要になる。つまり裁判中に検事、弁護人、裁判官の誰かが「別の罪になるかも」と言い出せばよいとのこと(参考)。
さらに気になった私は、スウェーデン刑法の児童に対する性犯罪規定について少し読んでみることにした。(スニッパ事件の発生は2021年だが、今回参照したのは2024年6月現在の条文。訳は個人の試訳であり、〔〕は訳注である)
「スニッパ事件」では、容疑者男性が女児の膣に指を入れたかどうかが争点になっていた。「性交と同等とみなされる他の性的行為」となるからだ。
ここで私は「日本の刑法では陰茎が……」と書こうとして現在の日本の刑法を見てみてびっくり! 2023年7月に改正がなされて、膣に指や物を入れても「不同意性交罪」に該当するようになっていた! だから女性の加害者もありえることになった。
さらに「強制わいせつ罪」が「不同意わいせつ罪」になっていた。
おお、日本の刑法もどんどん変わっていきますねえ!(すみません浦島花子なもので)
さて、スウェーデンの刑法(性犯罪)を見ていて気になったのがこの条文。
へ~下心を隠して児童と連絡を取っても罪なのね、と思って日本の刑法を見てみると、これと類似の条文があった。
それから、児童に性的なポーズを取らせることに関する罪も。
日本では前出の第百八十二条の第3項が類似の罪を規定している。
さて、2023年7月の日本の刑法改正についてだが、次の発言が示唆に富んでいる。
そして「被害者の目線」で法律の条文を読むといろいろと考えさせられる。児童の性的姿態に関する法規について、スウェーデンでは「児童に性的姿態をとらせること」が犯罪の構成要件だが、日本では加害者の「撮影、送信」までもが必要になっている。まずはそんな姿態をとらされた児童のことを考えるべきだと思うのだが。
まとまりのないブログ記事になってしまったが、遅まきながら日本の刑法の性犯罪規定が改正されたと知って嬉しくなった。これはもちろん被害に遭われた方々の告発や運動のおかげだし、デジタル技術が発達するなか児童を守る必要性が世界中で出てきたこともあるだろう。法律だけでなくその運用面でも性被害対策・救済が進むことを希望する。
付記:スウェーデン刑法 第6章 性犯罪 第1条~第15条全文を訳してみました。こちらの個人ブログをご覧ください。
文責:羽根 由
大阪市立大学法学部卒業。ルンド大学法学部修士課程修了(国際法)。
共訳書に『「人間とは何か」はすべて脳が教えてくれる』、『海馬を求めて潜水を』、単訳書に『ノーベル文学賞が消えた日』、『至福の北欧サウナ』などがある。
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