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スニッパ裁判――スラングがわからないからと国語辞典に当たった裁判官たち

 2023年2月23日にスウェーデンの高等裁判所が出した判決が波紋を呼んだ。10歳の少女をレイプしたとして一審で有罪判決を受けた男性が、二審で無罪になったのだ。その理由は、被害者である少女が使った言葉「スニッパ」だった。少女は、男性が「下着の中に手を入れ、さらにスニッパの中に指を入れた」と証言している。しかし高裁の裁判官たちは「スニッパの意味がわからない」と言い、国語辞典(SO)に当たった。そこには「女性器の“外側”を意味する俗語」と書かれており、したがって「容疑者である男性は被害者の膣に指を入れたとは断定できない」と判断、そして男性を無罪とした。

 このニュースは3月1日に公共放送で大々的に報じられ、それを聞いた私の頭は「???」状態だった。その少女が使った言葉はそれほどマイナーなスラングだったの? それに、なぜに無罪放免? レイプ罪が成立しなくても、強制わいせつ罪にはならないの?

スニッパって何?

 私はスニッパをスラングだと書いたが、これは単なる隠語ではなく、すでに市民権を得ている言葉なのだ。なんと2015年には日本でも報じられている。
女性器の新名称「すにっぱ」が議論よぶ 使い勝手よく、性教育に最適の声も (2015年8月4日) - エキサイトニュース (excite.co.jp)

 この言葉は、スウェーデンソーシャルワーカー Anna Kosztovics さんによって2000年代に提唱された。自分の子どもに説明するのに適切な言葉がないと感じたことがきっかけだという。

 余談だが、今年3月17日のNHKサイトでもスニッパが紹介されていた。
生理や女性の性器 誰から どう学んだ? (nhk.or.jp)

 スウェーデンでは公共放送の性教育アニメにもなっているし、学校での性教育にも使われているそうだ。

 この裁判が報道されると、SNS上でハッシュタグ#JagVetVadEnSnippaÄr(スニッパなんて知っている)が吹き荒れた。また、ストックホルムではデモもおこなわれた。

出典SvD

 スウェーデン語辞書にはいくつかあり、裁判所が参照した辞書では「女性器の外側」になっているが、他の辞書では単に「女性器」となっている。なぜ裁判官たちは、わざわざこの辞書を参照したのだろう? 
 というより、本来ならば被害者本人に尋ねるべきだ(被害者が移民だったらどうするのか?)。この女児は年齢が低いため裁判には出席できなかったが、警察の事情聴取べでは手振り身振りをつけて説明していたという。
 判決後、裁判官たちは「検事から提出された資料が不充分だった」と言い訳し、検事は「法廷で、この言葉の意味を争うことはなかった」と反論している。  

どうして強制わいせつ罪にならないの?

 レイプ罪の構成要件は、性交と同等とみなされる行為があったことだ。だから本件では、この被害者女児の膣に加害者男性が指を入れたかどうかが争点になった。
 裁判所は、加害者男性が女児の下着に手を入れたことは認めているようなのに、なぜ強制わいせつ罪など他の性犯罪の罪にならないのだろう?
 こちらの記事によると、裁判過程で裁判官が検事に対し、「強制わいせつ罪まで盛り込むのは、やりすぎじゃないですか」と言ったとか。プレッシャーを感じた検事は求刑をレイプ罪だけにし、その結果、レイプ罪で無罪になった被告は晴れて自由の身になった……ということらしい。 
 日本の場合だと裁判所は求刑に拘束されず、自らの裁量で法を適用していいはずなのだが……。スウェーデンではちがうのだろうか? 

陪審員

 今回、高裁の裁判官たちは5人いて、その内容はプロフェッショナルな判事が3人、陪審員が2人だった。女性は判事の一人だけで、今回の判決に反対したのも彼女だけだった。
 この判決への抗議が大きくなったあと、この「社会民主党系の陪審員が2人とも辞任した」と報じられた。地元の党幹部と話し合った直後だったので、事実上、陪審員たちは辞任を迫られたのだろう。
 ところで、なぜ政党の息のかかった陪審員が生まれるのだろう? スウェーデンの陪審員は選挙人名簿から無作為に選ばれるのではなく、自分で申請しなくてはならない。そして、地方自治体(市や県レベル)の議員の推薦を得なければならない。
 この判決を真っ先に報じたジャーナリストは、スウェーデンの陪審員制について2つの問題点を指摘している。
 一つめは、民主国家では立法と司法が互いに独立していなければならないのに、その境界が曖昧になっていること。
 二つめは、陪審員が高齢であること。全国の陪審員の平均年齢は60歳を超えている。
 今回のケースでは、無罪判決を出した男性4人(判事2人、陪審員2人)の平均年齢は66歳だったそうだ。これでは若者文化を理解するのは難しいのではないか?

 本件は最高裁判所に上告されている。

 最後に私見を。性犯罪は被害者の証言だけで有罪判決が下りることもある。今回の男性裁判官たちは、「子どもの証言だけで大のおとなを有罪にするなんて」と思っていたのではないか。ならば被害女児の証言そのものに信ぴょう性がないと断ずればいいのに、「スニッパの意味が曖昧だから」という”こじつけ”に進んでしまった。男性裁判官たちは偏見が強すぎ、検事はやる気がなかった……というのが私の印象である。

(文責:羽根 由)
 

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