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スウェーデンの名優 マックス・フォン・シドー

 2020年3月8日、スウェーデン出身の名優マックス・フォン・シドー(Max von Sydow)が死去しました。追悼の意を込めて、経歴と出演作をご紹介したいと思います。

 マックス・フォン・シドーは、1929年4月10日にスウェーデンのルンドで生まれました。ストックホルムの演劇学校で学んだあと、『第七の封印』(’57)をはじめとして、10本以上のイングマール・ベルイマン監督作品に出演しました。『偉大な生涯の物語』(’65)のキリスト役でハリウッドデビュー。その活躍は晩年まで衰えることなく、小規模作品から超大作まで多岐にわたる出演作で圧倒的な存在感を放ち、映画史に名を刻みました。

(イングマール・ベルイマン三大傑作選『第七の封印』『野いちご』『処女の泉』の予告編。この3作品すべてに出演している。)

 訃報が流れた際、日本のウェブニュースの見出しでは、代表作として『エクソシスト』(’73)の神父役が真っ先に挙がっていました。『マイノリティ・リポート』(’02)の局長や『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(’11)の間借り人を思い出す人も多いかもしれません。

 『ペレ』(’87)ではアカデミー主演男優賞、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(’11)では同助演男優賞にノミネートされています。スウェーデン出身の俳優でアカデミー賞にノミネートされたことがあるのは、グレタ・ガルボ、イングリッド・バーグマン、アン=マーグレット、レナ・オリン、アリシア・ヴィキャンデルを含めて6名で、男性はマックス・フォン・シドーのみでした。今年のアカデミー賞では韓国映画『パラサイト』が外国語映画として初の作品賞を受賞して話題になりましたが、英語以外の映画に出演した俳優がノミネートされるのも、とても稀なことのようです。

 TVドラマシリーズなども合わせると、出演作は150作品以上にも及びます。出演作の1つでオススメしたいのは、フランス映画『潜水服は蝶の夢を見る』(’07)です。出番はわずかながらも、主人公の父親役として印象的なシーンを演じています。

(The Diving Bell and the Butterfly (2007) Official Trailer)

 主人公ジャン=ドミニク・ボビー(愛称ジャン=ドー)は、雑誌ELLEの編集長として華々しい生活を送っていましたが、突然脳梗塞で倒れ、ロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)により身体的自由を失ってしまいます。医師、言語療法士、家族の協力を得ながら、唯一動かすことができる左目のまばたきでコミュニケーションを取り、過去の思い出をつづった本を書きあげるまでのお話です。実際にジャン=ドーが執筆した同名の自伝が原作となっています。

潜水服は蝶の夢を見る

 この映画は何と言っても、『潜水服は蝶の夢を見る』という邦題が秀逸ではないでしょうか。原題は“LE SCAPHANDRE ET LE PAPILLON”(英題も“THE DIVING BELL AND THE BUTTERFLY”)で直訳すると「潜水服と蝶」というさっぱりとしたタイトルであるのに対し、邦題は「夢を見る」という動詞を加えた一文に落とし込んだことで、物語性を帯びたように感じます。映画そのものも、ジャン=ドー目線の独特なカメラワークや過去と現在を行き来するストーリー構成によって、夢と現実の間で漂っているような印象を受けます。

 マックス・フォン・シドーが演じるのは、主人公ジャン=ドーの父親パピノ役です。年老いてアパートを出ることすら困難になった父親が、病床で動かぬ体に閉じ込められた息子を思う姿に胸を打たれます。

 ジャン=ドーが倒れる前、最後に父親に会った時の回想シーンでは、ヒゲを剃られながら軽口をたたき合っています。1997年にフランスの方と結婚してフランスの市民権を取得しているので当然かもしれませんが、流暢なフランス語で会話をしており、フランス人としてまったく違和感がありません。息子が父親のヒゲを剃っている、つまりケアされているのは父親のほうなのですが、ジャン=ドーが父親に愛されていたことがひしひしと伝わってくる名シーンだと思います。

 数々のすばらしい作品を遺したマックス・フォン・シドー氏に、敬意を捧げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。

(文責:藤野玲充)


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