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偉大なる音楽家リーデルがスウェーデン文化に遺した功績

表紙の写真
Swedish Jazz Musician Georg Riedel at Stockholm Jazz Festival, June 2010
Photo: Bengt Oberger

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今回の執筆者 久山葉子
専門言語   スウェーデン語
居住地    スウェーデン
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先週は雪が降った日もあったのに今週は昼間は25度と、スウェーデン中部も一気に初夏になりました。気付けば卒業シーズンまであと一ヵ月を切っています。あと一息で夏休み!と先生も生徒もラストスーパーとといったところでしょうか。

スウェーデンの終業式で必ず歌われる「イーダの夏の歌」という曲があります。子どもたちにとっては国歌よりもずっと馴染みのある存在。アストリッド・リンドグレーンによる作詞で、待ち望んだ夏がやってきた喜びに溢れる歌です。

1971年公開のリンドグレーン原作の映画『エーミルくん』に使われた曲で、作曲はスウェーデンを代表するGeorg Riedel氏。今年の2月に惜しまれながらこの世を去ったリーデルの功績を、ここに日本語でも書き残しておきたいと思います。

スウェーデンを代表するジャズベーシストでもあったリーデルは、こちらもまた伝説的なジャズピアニストのヤン・ヨハンソンと組んで数々のジャズの名曲を世に送り出しました。特に、『Jazz på svenska』はスウェーデン各地に伝わる民謡(Folkmusik)をジャズに解釈したもので、スウェーデンのジャズ史上もっとも売れたアルバム。私もスウェーデンに来る前から愛聴していました。

リーデルは60年代には20作もの映画音楽を製作し、その中で初めて子供向けの作品に挑戦したのが映画『長くつしたのピッピ』。本当は先述のヨハンソンが引き受けていた仕事でしたが、有名な主題歌だけつくったところでヨハンソンが交通事故により急逝、あとを引き継いだのがリーデルでした。リンドグレーンにも気に入られ、その後先述の映画『エーミルくん』の仕事も続きます。70年台には『クリスマス・カレンダー』(毎年新しい作品がクリスマス前のアドベントの季節に放送される子ども向けドラマ)の音楽も何度も手がけ、私の世代のスウェーデン人は彼の音楽で育ったと言っても過言ではありません。

その他にも教会音楽やジャズバレエなど幅広いジャンルの音楽を手がけ、私としては「スウェーデンのモーツアルト」と称しても遜色ない方だと尊敬しています。

このように創り手としても演奏家としても比類ない活躍を見せ、スウェーデンに愛されたリーデル。スウェーデンの民謡を元にしたジャズにしても終業式で必ず歌われる歌にしても、スウェーデン文化のアイデンティティ形成に大きく貢献したと言えましょう。そんなリーデルは元々はカルロヴィ・ヴァリ(現在のチェコ)の生まれ。医師だったお母さまがユダヤ系だったため4歳の時に家族でヒトラーによる迫害の手を逃れてスウェーデンに移住しています。

スウェーデンに来てくれて本当にありがとう。あなたが来ていなければスウェーデン音楽の魅力は今より大きく欠けていました。心からご冥福をお祈りいたします。

さて、ここで日本語で読めるスウェーデン発の音楽関連の本をご紹介します。

①『ティム アヴィーチー・オフィシャルバイオグラフィ』
(モンス・ムーセソン 著、よこのなな 訳、青土社、2023年)

世界的な人気を博したスウェーデン出身のDJアヴィーチーの生涯を追いつつ、メンタルヘルスの問題やオピオイド危機などの社会問題、音楽産業のいびつさ、有害な男らしさなどにも迫る作品。スウェーデンのポップ音楽史もたどることができます。

②「最適脳ー6つの脳内物質で人生を変える―」
(デヴィッド・JP・フィリップス 著、久山葉子 訳、新潮社、2024年)

世界的に活躍するプレゼン講師が教える、脳の最適化方法。
私たちの気分は脳の中で放出される脳内物質に左右されますが、中でも最も大きな影響を及ぼすドーパミン、オキシトシン、セロトニンにコルチゾール、テストステロンとエンドルフィンの6種類を、その時にほしい気分に合わせて自分で出せるようになろう!という内容です。たくさんのテクニックが掲載されていますが、中にはもちろん音楽を使ったものもあります。

③『デザインフルネス』
(イサベル・シェーヴァル 著、久山葉子 訳、フィルムアート社、2023年)

そしてこちらもスウェーデンの脳科学本『デザインフルネス』。
音楽の効用だけでなく、逆に不快な音や雑音がどれほど人間にストレスを与え、回復の邪魔をするのかというのが科学的に分析されています。
ナイチンゲールが野戦病院の環境を改善したところ、怪我をした兵士たちが生きる延びる可能性が驚くほど上がっています――ってそんなに昔からわかっていたことなのに、今の私たちは飲む水や空気の質にはこだわっても、耳に入ってくる「音」については無関心すぎるかも?

文責:久山葉子
1975年生。神戸女学院大学文学部英文学科卒。2010年よりスウェーデン在住。著書に『スウェーデンの保育園に待機児童はいない』(東京創元社)。訳書に『影のない四十日間』(オリヴィエ・トリュック)、『こどもサピエンス史』(ベングト=エリック・エングホルム著、NHK出版)、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(フィルムアート社)、『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション著、創元推理文庫)、『スマホ脳』『最強脳』『ストレス脳』『メンタル脳』(アンデシュ・ハンセン著、新潮新書)、『北欧式インテリア・スタイリングの法則』(共訳、フリーダ・ラムステッド著、フィルムアート社)など。



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