見出し画像

夏休み読書案内2020 フィンランド発の書籍から

 本来なら、日本では今頃 TOKYO2020で盛り上がり始めていた頃ですが、おそらく今夏は、世界の誰もが経験したことがない、誰にとっても初めてづくしの夏になりそうです。
 そうした中で迎えた日本の夏休みシーズン。先日も「学校の夏休みは、2週間ほどになりそうだ」という報道が世間を賑わしました。多くの地域で短い夏休みになりそうですが、皆さん、どのように過ごされる予定でしょうか? 本を読む計画はありますか? いつもどうやって読む本を探し、決めていますか? 東京生まれで東京育ちの私には、夏休みは常に40日間ありました。それはとにかく、中学までは地元の学校に通っていたので、読書の時間は特に決まっていませんでした。けれど、高校に入ると、通学に片道1時間半ほどかかるようになり、この時から通学時間が私の<読書時間>になりました。そのとき、読む本探しを助けてくれたのは、各出版社が出している新書と文庫の出版目録でした。特に夏休み中は、「夏の文庫本フェア」の冊子が何よりの助っ人になってくれました。幸いなことに、私が通っていた学校は、「読書感想文の提出」などというヤボな宿題がなかったので、興味をひかれた書物を、自由気ままに読むことができ、本当に幸せでした。
 今回は、そのように本探しをしていた当時のことを思い出しながら、フィンランド発の書籍を何冊かご紹介します。

『オンネリとアンネリのおうち』 
作=マリヤッタ・クレンニエミ 
絵=マイヤ・カルマ 
訳=渡部翠 
刊=福音館書店  

画像1

 自分のお家の片隅に、どんなに小さな場所でもいいから<自分だけのお城>を欲しいと思ったことはないですか。これは、そんな夢みたいなことが本当にかなってしまった女の子2人の夏休みの物語です。
 こんな仲よしのお友だちが出来ればどんなに素敵だろう! 自分が家を建てるとしたらどんな家にするかな! 家の中はどのような雰囲気にしようかな? 食器や家具はどんなものを調えよう? そして家の中が落ち着いたら、次は当然、ご近所さんとのお付き合いの仕方。どのような人が住んでいるのだろう?  もう、ドキドキ、ワクワク一杯のお話です。
 なお、この翻訳版には、原著書の挿絵がそのまま用いられています。2色刷りで、初版発行時(1966年)のカワイイを感じさせてくれます。
 この作品は2014年に映画化され、続編2作も含め日本でも上映されました。


『羽根をなくした妖精』(必読系!ヤングアダルト) 
作=ユリヨ・コッコ 
訳=渡部翠 
晶文社

画像2


 フィンランドの人たちの多くは、自然神や妖精や精霊の存在を信じ、感じ取る力がある、と思っているようなのですが、そんな国だからこそ誕生したファンタジーです。フィンランドの森の中や、身近な自然に息づく植物や昆虫や鳥などの生き物の生態を注意深く観察した、獣医でもあるユリヨ・コッコの代表作です。原題を「ペッシとイリュージャ」と言い、これは、主人公2人の名前です。「ペッシ」は<ペシミスト(悲観主義者)>という言葉から名付けられたトロール(あのムーミンもトロールなのは、ご存じの方も多いですよね)、一方の「イリュージヤ」は<イリュージョン(幻影・幻想)>という言葉から名付けられた、妖精です。この違う種族の2人の妖精は、フィンランドの美しい夏から実りの秋、そして厳しい冬を超え、春を迎えるまでの時間の流れの中で、どのように過ごしたのでしょうか。その様子を縦軸に、そして「ご近所さん」たちとの交流の様子を横軸に物語は進みます。しかも物語には、自然界の生き物たちの生態も巧みに取り込まれているので、まるで『ファーブル昆虫記』の世界に紛れ込んだかのような錯覚に陥ってしまいます。
 フィンランドでこの作品が発表されたのは1944年で、第二次世界大戦のさなかでした。この作品が発表された当時の時代背景を知っていると読み方も大いに変わってくると思います。
 なお、これが日本で翻訳出版された当初は、「文学のおくりもの」シリーズの中の一冊としてでした。あの『たんぽぽのお酒』(レイ・ブラッドベリ著)が第1作目だったシリーズです。

『世界からコーヒーがなくなるまえに』 
著=ペトリ・レッパネン&ラリ・サロマー 
訳=セルボ貴子 
青土社 

画像7

 私たちの食をめぐる感覚は誠に身勝手なもの、と言うほかないと思います。季節を問わず、いろいろな野菜や果物を欲しいだけ食べられるようになったことを、単純に喜んでいた時代も、いつしかその歪みから食の安全性が問われ始める時代になり、さらに時を経てフェアトレード、地産地消、そして食品ロスの問題へと目が向けられていく時代へと変貌し始めました。つまり食の分野でも「持続可能な環境」を目指さなければいけないことに気付いたのです。そして今、無為に植物を栽培し育てることが、自然環境を危機的状況に追い込むことに気付いた作り手たちは、その問題解決のための方法を模索し、また一方、それを享受する側、つまり消費者たちもそのことの問題解決策を<学ぼう>という動きが広まってきているのです。
 コーヒー豆を栽培できるような土地柄でもないのに、国民1人当たりのコーヒー豆の消費量が、常に世界のトップクラスの位置にあるフィンランド。そのフィンランドでコーヒーをこよなく愛し、コーヒーで生業を立てているラリ・サロマーとライターのペトリ・レッパネンの2人がふと立ち止まり、コーヒーの産地は今「どのような状況にあるのだろうか?」との疑問を抱き、その解を得るべく、コーヒー豆の産地を取材し、まとめられたのがこの著作です。
 コーヒーは嗜好品ですが、それ故に常に争いの種になります。文句なしに<金の成る豆>だからです。原産地国では当然のことながら、ひたすら儲けようとします。その結果、労働者には過度な負担がかかります。もちろん、土地などの自然環境は破壊され、疲弊して行きます。そこで現地の若い世代の人たちは「こんなことではいけない」と改革に乗り出しました。その様子をつぶさに視察した筆者たちは、各地をインタビューして回り、その様子を私たちに伝えてくれたのです。
 日本にもコーヒーを息抜きの一杯にしている人は多いはずです。その一杯分の豆がいったいどういう道をたどって私たちの手元まで来ているのか、ちょっと立ち止まって考えてみませんか。幅広い年代の方に、そして特にほんのチョット先の未来の担い手となる、若い世代の人たちに、食と環境についての現在の世界の潮流を、この本を通して知ってもらえればうれしいなと思います。
 なお、この作品の翻訳者であるセルボ貴子さんは、私たち「北欧語書籍翻訳者の会」のメンバーのおひとりであることを、一筆、書き添えさせていただきます。

『フーさんにお隣さんがやってきた』 
作=ハンヌ・マケラ 
訳=上山美保子 
国書刊行会

画像4

 この作品は、私が翻訳を手がけたものなので、ここに紹介させていただくのは適切なのかどうか迷いましたが、登場するキャラクターたちが個性的で、しかも読み物としても面白く、大好きな作品なので紹介させていただくことにしました。
 実はこの作品、フィンランドでは今年9年ぶりに8作品目が出版された、長寿を保持している<お化け>のようなシリーズ作品で、今回ご紹介させていただいているのは、その第2作目の作品に当たります。主人公の「フーさん」は小さな子どもを驚かすことを「お仕事」だと考えている<お化け的な人>なので、突然、ひょっこりと私たちの前に現れるのです。

 今回ご紹介する作品はタイトルそのままに、フーさんのお隣さんになった方で、とっても哀しい人生を歩んできた海軍提督にまつわる物語です。ビール腹のような体型なので、お名前はそのまま「ビールバラ提督」。フーさんとお友だちの子どもたちは、このビールバラ提督の哀しいお話しに心を動かされ、人生のいろいろな問題の解決のために一緒に旅に出る冒険物語です。フーさんはいつも一人でいることが好きなのに、何故か誰かと一緒にいたいな、と考えたり、とても怖がりなのに、僕がやらなくちゃいけないのだ、と必死になって勇気をふり絞ったりと、<大人のはずなのに、大人じゃない>ような、ちょっとはみ出しちゃっている感じのお化けサン(たぶん)です。あまりうまく説明できないので、とにかく一度手に取って読んでみてください。挿絵は、作家ハンヌ・マケラ自身の手になるものです。

『われら北欧人』
著=W.ブレインホルスト
訳=矢野創&服部誠
東海大学出版会

画像5

 日本人の国民性ってどういうものとして外国の人たちの目に映っているのだろうか? そのステレオタイプ的な見られ方が気になることはありませんか。では逆に、北欧5か国の人ってどんな人たち?
 言語の違いや国の枠組みの違いはすぐに知ることができますが、でも、それらの国の人々のいわゆる国民性、つまり、考え方とか発想の違いに気づくことはなかなか難しいものです。そんなことをざっくりと楽しくお勉強できるのがこの本です。作者はデンマークのジャーナリストです。
            
 陸続きの隣国をもたない私たち日本人になかなか理解できないのが、陸続きでよその国があるということ。どんな感じなのだろう? そして、お隣の国同士、民族同士の歴史上の攻防、また支配・被支配時代の記憶や名残など、「北欧」という一括りの中で、互いに隣国との違いをどう捉えているのだろうか? そういったことを分かりやすく説明してくれています。北欧全般、あるいは、北欧5か国の内いずれか1か国でも興味を持った方にお薦めします。


『樹上のゆりかご』
著=荻原規子
理論社 

画像7


 最後に個人的なことになりますが、私の高校時代の夏休みの過ごし方の一端をご紹介してこの稿を締めくくります。
 夏休み期間中は、クラブ活動と休み明けの9月のほぼ1か月間にわたって続く学園祭の準備のため、ほぼ毎日登校していました。おそらく授業があるときよりも長い時間、校内で過ごしていたように思います。高校生活を経験されたみなさんは、多分、どなたも、多かれ少なかれこういう時間を過ごされたのではないでしょうか。
 実は、こうした生活を過ごさせてくれた私の母校(旧制中学校を前身とする都立高校)をモチーフにした小説があります。フィンランドとも北欧とも関係はありませんが、読書案内の1冊としてご紹介しておきます。
 高校生活ってどんなものなのだろう?とドキドキしている人たちに、お薦めしたい作品です。


(文責:上山 美保子

*このブログは、にほんブログ村の
海外文学」と「翻訳(英語以外)」に参加しています。*

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?