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ラジオの季節――夏至から始まるスウェーデンの名物トーク番組

 6月の北欧といえば、まず思いつくのは夏至祭でしょうか。昨年ヒットした映画「ミッドサマー」は、原題は「Midsommar」で、まさに「夏至」や「夏至祭」を指すスウェーデン語でした。今年の夏至は6月21日、ちょうどこの週末でした。北欧各国での「夏至祭」の祝い方や「夏至祭の日」は少しずつ違い、祝日のところもあれば平日のところもあったり、地方によって違うこともあったりしますが、おおまかにはスウェーデンとフィンランドでは「夏至の日にいちばん近い週末」、ノルウェー、デンマーク、アイスランドでは6月24日とされているようです。というわけで、先週から今週は北欧で夏のお祭り気分が高まる時期、といえるでしょう。

(参考)昨年の記事「フィンランドの夏至祭の過ごし方」(セルボ貴子)

 さて、スウェーデンには、この夏至に始まって夏いっぱい続く、少し変わった風物詩があります。それは「夏のトーク」というラジオ番組。正式には「Sommar i P1」という名称です。「Sommar」は「夏」、「P1」は公共放送局スウェーデンラジオ(Sveriges Radio)の局のひとつです。

 「夏のトーク」では、約2ケ月間、毎日ひとりのホスト役が選ばれます。ホストに選ばれた人は、自分で選んだテーマについて話し、音楽をかけ、自分の番組を作るのです。たったひとりで。そう、番組には司会者はいません。ホストに選ばれた人だけが登場します。番組の時間はおよそ90分、音楽をかけている時間をのぞいても70分ほどを、ひとりで話し続けるのです(回によっては全体で60分を切るときもあります)。

 選ばれるのはその年に話題になった人が多いのですが、その背景や専門ジャンルはさまざま。俳優やミュージシャン、政治家など、もともと著名で話すことを得意とする人もいれば、作家や専門家、活動家、スポーツ選手など、話すことを専門としない人もいます。そんな人たちに70分間しゃべらせ続け、好きな音楽をかけさせて、ちゃんと番組として成り立つのだろうか……と思ってしまいますが、この番組は1959年に始まって、もう60年以上続いている、安定の人気番組です。ちなみに、冬にも、もう少し短い期間ですが「冬のトーク」という同じ趣向のものがあります。

 なぜ人気なのか?というと、恒例の番組だからとりあえず聴く、ということもあるかとは思うのですが、やはり「いろんな人のいろんな話が聴けるのはおもしろい」ということに尽きるのではないかと思います。メディアなどによく登場する人でも「せっかくだから普段しゃべらないことをしゃべってみる」というホストもいます。これまで話すことがなかった自分の背景や抱えていることを告白する人もいます。個人的な体験を話す、というのがこの番組のコンセプト。司会者がリードするでもなく、誰かが盛り上げてくれるわけでもなく、ホスト自身が自分のペースで話し続け、音楽をかけてはまた話す。聴いているうちに、目の前で話す誰かの話を聴いているのと同じような気持ちになってきて、知らず知らずのうちに引き込まれているのです。

 個人的には、毎日聴くことはないものの、その夏は誰がしゃべるのかをチェックして、気になる人の回は聴いています。興味があって聴いているからだとはいうものの、聴いた回はだいたいなにかしら印象に残る部分があり、何度も聴いてしまいます(アーカイブが非常に充実しているので、いつの分でも聴けるのです!)。また、さほど興味がなかったホストであっても、聴いているうちに引き込まれることもしばしば。

 たった一人で難民としてスウェーデンに辿り着いたという少年の体験。前向きで元気な振舞いがトレードマークのフェミニストが吐き出す「恐怖を感じないわけはない」という言葉。また、超エリート水泳選手が披露した「速く泳げる水着は、着るのにものすごく時間がかかって大変(破れるから)。でも性能は抜群」というエピソードは、自分が決して経験し得ないことを知った気がして印象に残っています。考えてもみなかったことを知ることができる、共有してもらえる、というのも、様々なホストが登場するこの番組の醍醐味でしょう。

 メディアとしての番組の凄みを感じたのは、2018年の、スウェーデンアカデミーの元事務局長サーラ・ダーニウスの回です。通常は録音したものを流すのですが、その回は生放送。問題を抱えるスウェーデンアカデミーを去ったばかりだったダーニウスは、その番組でアカデミーの如何ともしがたい状況を改めて告発したのです。それまでにも何度か夏と冬のトークのホストを務めたこともあり、話すことには慣れているはずの彼女の声が震えていました。

 今年は、6月20日の初回にグレタ・トゥーンベリさんが登場英語バージョンもウェブサイトにアップされています。ホストがスウェーデン語を母語としない場合も含めて基本はスウェーデン語で話されるのですが、今回のグレタさんのように、英語バージョンと2種類アップされることもあります。

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 今年のホストは、小さくて見にくいですが、こちらのとおり。全員が夏至祭を象徴する花冠をかぶっています。

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 放送予定も含めたリストはこちらからPDF版のリストもあります。例年、6月の初めには今年のホストを発表する番組が作られ、そのときに集合写真を撮るのも恒例(欠席者は誰かが顔写真を持っています)。下は2019年版です。

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 大手新聞などのメディアは、総括的なものから日々の内容についてまで、この番組に対する批評記事を出します。ホストの人選やホストが話す内容については「この番組、もういらないのでは」というほど厳しい意見が出ることも。ですが、他にはない魅力を持つ番組なので続けてほしいなあと思います。

 「アーカイブが充実」と先に書きましたが、すべての回がアーカイブとしてウェブサイトにアップされています。その年の分はかけられた楽曲込みの90分フルバージョンで、ブラウザ上のストリーミングとして再生できます。また、著作権上の問題をクリアするために楽曲音源を省いた短縮バージョンもアップされていて、そちらはMP3音源としてダウンロードも可能です。個人的にはどんな音楽をかけるのか、話す内容と音楽のつながりがとても気になります。いや、むしろ、かけている音楽から興味を持ったホストもいたりして……。ということで、フルバージョンをまず聴いて、何度も聴きたいときは短縮バージョンをダウンロードしています。グレタさんの回も「こんなの聴くんだな」という曲がプレイリストに挙がっていたので楽しみです。

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 アーカイブが充実しているのは、スウェーデンラジオ全般についていえることです。パソコンで聴けるリアルタイムのウェブ配信、聞き逃し配信などは、わたしが知ってる限りでは、少なくとも20年くらい前からやっていて、日本からもブラウザで簡単に聴くことができます。また、かなり昔の番組の音源もウェブサイトにアップされていて、楽しみとしても、資料としても、大いに活用しています。検索は、ウェブサイト右上の「Sök」と書かれた欄からできます。「夏のトーク」であれば、「sommar english」と入れると英語で話された回を見つけることができます。


 スウェーデンラジオには、全国放送の局が3つ(P1、P2、P3)と地方放送の局が1つ(P4)あり、それぞれに特色ある番組を制作、放送しています。P1はニュース、科学、ドキュメンタリー、映画、アート、演劇、文学などをテーマにした番組が多く、いちばんスタンダードな局。P2は音楽専門で、クラシックやジャズ、ワールドミュージックが得意。P3は若者向けでポップカルチャー中心、という感じです。個人的には、以前はP3に好きな番組(インディーポップばかり流す番組や、デモテープを流す番組など)があってよく聴いていましたが、現在は気になる番組はP1のものが多いです。(先日は、世界から生中継で送る「鳥の歌の夜」という番組が気になりましたが、なんと、第1部(231分)第2部(213分)、と2部構成でMP3音源がダウンロード可能でした……!)

 スウェーデンのジャーナリストやミュージシャン、アーティスト、作家などには、スウェーデンラジオのレポーターや番組司会からキャリアを始めたという人が多く、ラジオというメディアがしっかりと機能していることを感じます。また、少数言語の公用語や国内で多く使われる外国語、やさしいスウェーデン語などでもニュースが放送、配信されていることや、子ども向けの番組が充実していることなどにも、ラジオというものの存在の大きさを感じます。

(文責:よこのなな

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