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読書の季節を前に(2021年ヨーテボリブックフェアのことなど)

 前回の担当記事で書いたスウェーデンの大手オンライン書店BokusのEU圏外への輸送停止問題は、いまだ解消されていません。6月下旬に更新されたお知らせには、8月中には落ち着く見込みとあり、夏季休暇期間中の進展はないと悟りましたが、8月ももう下旬、いまだ進展はありません。そんなわけで、いまはもっぱら、イングランドとオーストラリアに拠点を持つ大手オンライン書店Book Depositoryを利用しています。Bokusの事情を反映しているのかどうかは定かではないですが、スウェーデン語書籍の取扱いが急増しています。ちなみにフィンランド語などの書籍もそろっているようです。

 さて、夏休みも終わると、もう暦の上では「秋」です。スウェーデンでも秋は読書の季節です。学校の新学期に合わせて書店でキャンペーンが行われたり、9月下旬に開催される北欧最大のブックフェアに合わせて新刊が多く出されたり、出版業界が活気づく時期です。

 今年のヨーテボリブックフェア(英語版ウェブサイト)は、9月23日から26日までの開催です。昨年は完全デジタル開催となり、ウェブ登録さえすれば無料でセミナーの配信を観ることができました。昨年の参加者の4分の1はブックフェア初参加、他の北欧諸国からの参加者も2倍近くにのぼったそうです。わたしもいそいそと登録し、いくつかのセミナーを観ましたが、観たいものが多すぎてまったく追いつきませんでした。

 今年は人数限定での現地スタジオでのセミナー観覧とオンライン配信のハイブリッド開催です。オンラインチケットは今回は有料で販売されますが、昨年同様、リアルタイム配信、録画配信が2021年12月末まで視聴可能です。また、商談の場を確保するためのオンライン商談会もあるようです。

 この記事を書いている時点ではプログラムはまだ発表されていないのですが(8月24日発表予定です)、フェアのテーマが面白いと思いました。

 今年は、「民主主義」、「北欧文学」、「読んで! 読んで! 読んで!」という、3つのテーマが掲げられています。
https://bokmassan.se/teman-2021/

 最初のテーマ「民主主義」は、女性が参政権を獲得してから初めての国政選挙が1921年に行われてから今年で100年になるのを記念したものです。サイトには次のような文言がありました。

「このテーマは、現在の挑戦、歴史的な視点、そして未来の可能性を論じるものです」
「民主主義に対する問いは何千年も議論されてきています。民主主義とは、常に発展させ、変化させていくものです。目下、全世界で、パンデミックとデジタル化が地図を書き換え、進むべき方向に影響を及ぼしています」
「(…)現在の熱を測るため、民主主義が2022年の総選挙にどう立ち向かうのかを話し合うため、国内外の作家、ジャーナリスト、研究者、論者を招きます」

 女性が初めて政治参加できた年を記念し、過去を振り返り、現在を検証し、未来への展望を描く、という大きなテーマに基づきながらも、来年に予定されている総選挙という身近な出来事に照準は合わせられています。どんなプログラムが予定されているのか、気になります。
 スウェーデンでは右派ポピュリズム政党が国会内での存在感を強め、それが政治的、社会的な混乱を招いているように思われます。このブックフェアでも、2016年、2017年には極右思想の新聞が参加し、登壇予定だった作家たちが抵抗の意思を示して参加をボイコットする事態となっています。

 2番目のテーマ「北欧文学」にも興味をひかれます。地理的にも文化的にも近い関係にある北欧諸国とその文学は、ブックフェアではこれまでも大きな柱のひとつでした。そういう意味では目新しさはありません。それなのになぜ今回わざわざ「北欧文学」を謳うのだろうか、と不思議に思いました。
 その理由はパンデミックです。パンデミックによって突如、近年ないほど距離ができてしまった北欧諸国が、文学によって境界を越え、もう一度対面することができるだろうか。そんな問いが投げかけられています。もともと一括りにはできない北欧諸国ですが、確かにパンデミックへの対応は国によって大きく異なり、もとからあっただろう違いをさらに顕著に感じることもあります。文学を媒介に対話することによって、違うものが見えてくるのか。どんな対話や議論がなされるのか、こちらも気になります。

 3番目のテーマ「読んで! 読んで! 読んで!」は、こども・若者向けの読書推進を目的とするものです。これは去年のテーマのひとつでもあり、継続したものとなっています。デジタル機器の利用時間が年々増え、読書を毎日するというこどもが減っているというのは全世界的な問題ですが、この状況がスウェーデンでは極めて重くとらえられている、ということの現れではないかと思います。
 読書によって得られる語彙力が学習に不可欠である、という導入に続いて書かれている言葉が目に留まりました。

「言葉と読書という、民主的な社会の礎石に、引き続き光を当てたい」
「読みたい、語りたいという気持ちが大事で、それが目、耳、指、あらゆる手段での読書の余地を作る」

 これらの文章からは、民主的な社会の一員として言葉を扱う力は不可欠なものだ、そして、誰かの言葉を理解し、自分も言葉を使って伝える力は、まず読みたい、伝えたいという純粋な気持ちから生まれる、その欲求をあらゆる手段で満たそう。そんな彼の地の出版業界の理念が見えてきます。

 もちろん、マーケティング的な観点からは、2013年以降ほぼずっと増加している児童書の売り上げをさらに上げたい、さらなる販売促進につなげたい、という思惑があると思います。それでも、業界を挙げてのイベントでこうした理念が大事にされ、強調すべきテーマとして掲げられている、ということは覚えておきたいと思いました。

 ちなみに、スウェーデンの書店協会と出版協会による統計では、昨年の書籍売り上げは前年比で8.7%増加しました。これは記録的な増加だそうですが、児童書の売り上げ増は0.3%と、それほど伸びていません。また、オンライン書店やサブスクリプションサービスによる売り上げ増加は、それぞれ19%、25.2%と非常に大きいものの、物理的な書店での売り上げは19.1%減っています。今年上半期の統計もすでに発表されています。売り上げ自体は昨年の同時期よりもさらに10.2%増加していることから、2021年も記録的な数字が出るのではないかと予想されていますが、オンラインでの販売が増え、物理的な書店での販売が減っているという同じ傾向は続いています。

 日本でも同じような傾向が見られます。輸送にかかるコストや労働力、環境負荷などを考えると、リアル書店での注文・購入がベストなのではと思うものの、自分自身もオンライン書店での購入がいつも以上に増えています。「諸事情あり……」ということを理由に甘えていますが、統計によって現状をまざまざと見せつけられると、変化が起きている今こそ、本気で考える時機なのでは、と改めて思いました。

(文責:よこのなな

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