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新しい世界へのステップ/オラファー・エリアソン ときに川は橋となる

 先日まだ梅雨空が続く中、東京都現代美術館で開催されている展覧会「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」へ行ってきました。

オラファー・エリアソン Olafur Eliasson
1967年、コペンハーゲン(デンマーク)生まれ。現在、ベルリンとコペンハーゲンを拠点に活動。アイスランドとデンマークで生まれ育ち、1989年から1995年までデンマーク王立美術アカデミーで学ぶ。1995年、ベルリンに渡り、スタジオ・オラファー・エリアソンを設立。スタジオは現在、技術者、建築家、研究者、美術史家、料理人等、100名を超えるメンバーで構成されている。(略)
光や水、霧などの自然現象を新しい知覚体験として屋内外に再現する作品を数多く手がけ、世界的に高く評価されている。
(東京都現代美術館 展覧会HPより抜粋)

 日本では10年ぶりの大規模な個展ということで、注目度が高く、楽しみにされていた方も多いかもしれません。本来の会期は3月14日から6月14日までだったため、緊急事態宣言の影響で美術館が臨時休館となり開催が危ぶまれていましたが、6月9日より会期を延長して9月下旬まで開催されることとなりました。

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる
2020年6月9日(火) - 9月27日(日)
於:東京都現代美術館
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/olafur-eliasson/

 とはいえ、この状況下で美術館に足を運べない方や行こうかどうか迷っている方もいらっしゃるでしょう。また、北欧文学は好きだけど現代アートはよく分からないという方もいらっしゃるでしょう。私も決して詳しくはありませんが、何らかのご参考になればと思い、展覧会レポートを記します。

 エリアソンの個展は10年前の金沢21世紀美術館での展覧会のほか、15年前に品川の原美術館でも開催されたことがありますが、私はいずれにも行っておらず、彼の作品群を一度に見る機会はこれが初めてでした。今回の展覧会は、気候変動や再生可能エネルギー、サステナビリティといったテーマが強く打ち出されています。

 エリアソンからのメッセージと展示風景を紹介した動画です。

 オラファー・エリアソンは上述のプロフィールにもある通り、現在はベルリンとコペンハーゲンを拠点として活動していますが、アイスランド系デンマーク人であり、幼少期にはアイスランドで多くの時間を過ごしたそうです。コペンハーゲンやパリ、ロンドンの街なかにグリーンランドから運んだ氷塊を展示した《アイス・ウォッチ》、1999年と2019年に同地点からアイスランドの氷河を撮影した《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》、アイスランドの海岸に打ち上げられた氷塊を3Dスキャンして造形した《氷の研究室》など、氷河に関係するプロジェクトが、そのバックグラウンドを強く印象づけます。

 表題作である《ときに川は橋となる》は、暗幕でぐるっと囲まれた空間の中心に水が張られた水盤があり、そこに投影された光が頭上のスクリーンに反射します。水が揺れる仕掛けがあるのですが、水面が静かな時には、映し出された光は月のように見えます。水面が揺れると、月はさざなみを立てて形を崩し、波紋は次第に激しくうねり始めます。

ときに川は橋となる

 水盤の動きはいくつかのパターンを繰り返しているようですが、人の出入りや周囲の音に反応しているような、何か意思を持って動いているようにすら感じます。ただぼんやりと眺めているだけでも心が落ち着くような感じがして、いつまでも見ていられる気がしました。

 《ときに川は橋となる》というタイトルに込められた意味については、エリアソン本人の言葉をご参照いただくのがよいでしょう。

〈ときに川は橋となる〉というのは、まだ明確になっていないことや目に見えないものが、たしかに見えるようになるという物事の見方の根本的なシフトを意味しています。地球環境の急激かつ不可逆的な変化に直面している私たちは、今すぐ、生きるためのシステムをデザインし直し、未来を再設計しなくてはなりません。そのためには、あらゆるものに対する私たちの眼差しを根本的に再考する必要があります。私たちはこれまでずっと、過去に基づいて現在を構築してきました。私たちは今、未来が求めるものにしたがって現在を形づくらなければなりません。伝統的な進歩史観を考え直すためのきっかけになること、それがこうした視点のシフトの可能性なのです。 
(東京都現代美術館 展覧会HPより)

 エリアソンの活動は、Netflixのオリジナルドキュメンタリーシリーズ『アート・オブ・デザイン』でも特集されています。

 『アート・オブ・デザイン』はシーズン1のみYouTubeでも公開されていますが、エリアソンのエピソード「オラファー・エリアソン:アートのデザイン」は残念ながらシーズン2なので、代わりにデンマークの建築家、ビャルケ・インゲス(Bjarke Ingels)の回をご紹介します。このエピソードの中にも一瞬ですが、エリアソンの名前が登場します。

 「オラファー・エリアソン:アートのデザイン」の中で、イギリスのテート・モダンで発表した《ウェザー・プロジェクト》について、「世の終末だと感じる人もいれば、精神性が高まりヨガをしたくなると言う人もいる」とエリアソンは語ります。「人によって、体験は異なる」のです。

 ドキュメンタリー映画『オラファー・エリアソン 視覚と知覚』(2009)は、ニューヨークに人工滝を出現させるプロジェクト《ザ・ニューヨークシティ・ウォーター フォールズ》の制作風景を軸に、世界を駆け巡るエリアソンの姿を映しています。彼は、『アート・オブ・デザイン』でも冒頭から同じようなことをしていますが、映像の中から第四の壁(映像内の世界と観客のいる現実世界との境界)を越えて観客に語りかけ、問いかけ、実験に誘い込みます。

 ここでもまた、「“体感する”とは、環境に対する感度を上げるということです。手を濡らした感覚と濡らす想像とは違うように」と述べており、エリアソンの作品において体験、体感がいかに重要な意味を持っているかが分かります。

  展示風景の動画やドキュメンタリー、さまざまな批評や感想を目にすることで、すでにすべて見たような感覚に陥るかもしれません。しかし、“体感する”ことでしか得られないものがあり、実物を見て体感することによって、視点をシフトさせ、さらに行動を変容するためのエネルギーを得ることができるでしょう。今は遠方に移動したり人の多い場所へ行くことが少々憚られてしまう状況であるのが残念です。

 このnoteのタイトル「新しい世界へのステップ」は、展覧会図録に掲載されている会話録「14名が考えるスタジオ・オラファー・エリアソンのサステナビリティ計画」の中からとった言葉です。セバスチャン・ベーマン(建築家であり、スタジオのデザインチーム長)が、作品を空輸しないという選択についてこう述べています。

I consider it to be a step into a new world, into a really exciting new world by trying different things.
僕はこれを、さまざまな試行を重ねながら新しい世界へと、本当にワクワクするような新世界へと踏み出していくことだと考えている。

 展覧会は9月27日まで。まだ1カ月以上の会期が残っています。閉幕間際は当然ながら混雑が予想されますので、気になっている方はお早めに!

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《太陽の中心への探査》

(文責:藤野玲充

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