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読んでない本の書評60「子供たちは森に消えた」

228グラム。中盤がぐっと長く、読後感もぐっと重いが物質としては228グラム。

 あまり人前で堂々と言うのも悪趣味かなあ、と思うのだがシリアルキラーにやけに興味が引かれる傾向がある。怖いとかグロいとか暗いとかはあまり歓迎しないのに、なぜノンフィクションだと知りたくなるのか。


  体制崩壊目前のソビエト連邦で50人を超える少年少女を殺害したアンドレイ・チカチーロの事件の全貌に迫ったノンフィクションである。
 チカチーロに関しては『チャイルド44 森に消えた子供たち』という小説にもなっていて、そちらは2009年の「このミス!」を獲得してるので、だいぶ読みやすいのだろう。このノンフィクション版の方は、なかなか大変だった。

 関係者の数がとにかく多い。被害者の数が極端に多いことのほかに、当時のソビエトの捜査方法に独特の手法がある。とにかく自白主義で「反社会的」と思われる人物を次々と捕まえてきて、殴って自白させ、犯人にしたて上げてしまうので、なんでもない人がたくさん登場してしまう。
 さらには「犯罪は資本主義社会の病。社会主義国に犯罪はない」というスローガンのもと、まともな捜査体制も確立されていないままに携わる民警の数だけが無駄にいろいろ出てきてしまう。
 悲しいかなロシア人の名前は日本人にとってそう簡単に頭に入ってくるものではない。中盤は読むのもやや大変だ。

 とはいえ、もちろんそれがノンフィクションたるゆえんであり、気の遠くなるような無駄骨の記録である。こちらが読むのに大変な思いをしている時間は操作の陣頭指揮を執ったブラコフの苦労の追体験である。

 チカチーロ逮捕に至るまでの長い迷走期間は、今では潰えてしまった国の、巨大な暗部に関するレポートである。ないことになっている犯罪、いないことになっている失業者、ホームレス、同性愛者。行く場所もなくやたら郊外をふらふらしている貧しい少年少女。見てみぬふりをするのが最良の生存戦略であることが暗黙の了解となっている社会システム。
 完全な外側の世界から結果論で考えると、被害者が50人にもなる前にチカチーロの暴走していく欲望を止めるチャンスは、いくつもいくつもあるように見える。だけど、今はないソビエト体制下で起こった事件を、アメリカ人が書き、日本人が読んで岡目八目でいろいろ思うほど、単純にアレとコレが悪い、って話であるはずもない。

 チカチーロが捕まってから後はあまりにも辛かった半生と、あまりにも強い抑圧の結果についての説明である。
 決して明るい気持ちにはならない。ううむ、なんでこれ読みはじめちゃったのだったかな?と思いながらページを閉じる。

 それでもやっぱりシリアルキラーには正体不明の好奇心なお深く、往生際わるく「チカチーロ」をwikipedeiaで検索してしまったりする。え、なに、処刑されたチカチーロの脳みそを日本人が買って所有してるって?そんなことある?
 眉唾な気はするけれど、一瞬ほんとうかな、と思う程度には人を引き付けてしまうなにかがある。そうまでして生き延びねばならなかった人の記録として迫力あるからだろうか。

 
 

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