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101「ジム・スマイリーの跳び蛙」マーク・トウェイン傑作選

128グラム。不用意にページを開いたら自分が何を読んでいるのか理解できなくてびっくりした。解説から読んだほうが捗るタイプの本というものも、世の中にはある。

 『トム・ソーヤの冒険』でお馴染みのマーク・トウェインがジャーナリスト時代に書いた与太話や、短編小説などの傑作選である。与太話だと思わずにうっかり与太話を読み始めてしまった時に脳みそがうまく受け身を取れないのは真面目な性格の故か、精神の老化現象か。言ってよ、先に。

 19世紀アメリカの東スポやなんかにのせていたような記事を、今読んでげらげら笑えるのはいかにも翻訳の力だろう。中にはピンとこないものもあるけれど「スミス対ジョーンズ事件の証拠」やら「失敗に終わった行軍の個人史」やら、ずれにずれまくる頓狂な会話の応酬が本当におかしい。最初からこの言語で書かれたかのように違和感がない。

 しかし、解説からよみはじめてしまった私がとりわけ興味深かったのは、収録されている二つの作品にP.T.バーナムの影がちらついてるところだ。
  P.T.バーナムは2017年の大ヒット映画『グレイテスト・ショーマン』のモデルにもなった19世紀最大のアメリカの興行師である。映画は公開時に見たが、でっかいカンカン帽みたいなものをかぶったウルヴァリンが陽気に歌って踊るミュージカルは非常に楽しい映画だった。
 それはそれとして不満もあったのだ。ホラ話とフリークスショーでの金儲けを思いつける人は、どう考えもぜったいに「いい人」ではない。むしろドド黒いからこその、わけのわからない魅力みたいなものを期待していた身としては、「みんな違ってみんないい」というまっとうなメッセージは肩透かしだった。

 本書に収録の「ワシントン将軍の黒人従者」という作品は、ワシントン将軍のお気に入りの黒人従者の訃報が定期的に新聞に掲載される、という話だ。どの記事にも享年95歳と書かれるが、最初の死亡記事が正しいとすれば最後の死亡記事では151歳になっているはず、というバカバカしい話。これは実際にバーナムがヒットさせた興行を踏まえて書いたそうだ。
  ちょっと見た目に迫力のある老女を連れてきて「ジョージ・ワシントン将軍の従者!」とホラを吹くインチキ興行師の姿が目に浮かぶ。そんなバカみたいなホラがよく当たるもんだ。

 「盗まれた白い象」は、シャムの王から英国女王への贈り物にするための白い象が盗まれたので探し出すドタバタ劇である。刑事が全国に派遣され、当時最新テクノロジーであった電報を駆使して大捜索劇を繰り広げる中に、ひょいっとバーナムが登場する。4千ドル出すから象の体にサーカスのポスターを貼らせろ、と電報してくるのである。周囲の事情をいっさい汲むことなくひたすら己の機をみるに敏なバーナムの姿である。

 同時代人であるバーナムの性質の悪さを面白いと思っていたのだろう。マーク・トゥエインが書きたかったのがバーナム的なきわめて胡散臭いヒーローだというのは、ほかの作品にも漂う「お行儀の悪さ」からもイメージしやすい。

 散々バカバカしい話を書き散らしたあとで「フェニモア・クーパーの文学的犯罪」などとうそぶいて気に入らない人気作家をいきなり自由自在にディスりはじめるなど、作家自身もなかなかのお行儀の悪さである。その辺は、ほんとうに解説がないといきなり何がはじまったのかと目が白黒するので、たいがいにしてもらいたいところだ。おもしろいけど。

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