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かっぴー(漫画家)
2017年6月22日 19:58
パラパラとページをめくる。1ページにつき1秒にも満たない速度で。ページの端が弧を描き右手の親指に受け取られると、間も無く次のページが左手の親指を離れる。それはメトロノームの様に一定、かつ極めて早い速度で繰り返される。文庫本はおおよそ300ページ、10万文字程度で構成されている。単純計算で、見開きで666文字だ。つまり、1秒にも満たない間に666文字が視界に飛び込んでくる。人間は、そんな速度で文
2017年6月22日 23:58
「アイとアイザワ」第一話はコチラ-「はじめは藍沢正太郎の新作をつくる事が目的でした。小説家の文体をディープラーニングするにあたって、まずは比較材料にと世界中の小説を人工知能AIZAWAに読ませました。その作業は1週間とかからなかった。」「私と同じで本を読むのが早いんですね。」愛は視線を窓の外から離さずに無愛想に返した。喪服の男、山田はミラー越しの愛を見ながら続ける。「文体の再現は大
2017年6月23日 12:52
「アイとアイザワ」第二話はコチラ-観葉植物が並ぶ広々としたエントランス。揃いの制服を着た受付嬢たち。どう見ても、ただの小綺麗なオフィスビルだった。「うちはここの最上階のワンフロアを借りて活動しています。どうぞ。」山田は愛がエレベーターに乗ったのを確認すると、31階のボタンを押した。「階と階の間に、秘密のフロアがあるってオチじゃないのね。」「ふふふ、マルコヴィッチですか?」
2017年6月24日 15:13
「アイとアイザワ」バックナンバーはコチラ-世界最高水準の人工知能AIZAWA。彼の音声が天井四隅のスピーカーから立体的に再生される。恐らく指向性のスピーカーを使っているのだろう、愛のちょうど目の前、手を伸ばせば触れそうな距離からAIZAWAの声が聴こえる。まるで透明人間が目の前に立って話しているかの様な錯覚。しかし、愛の関心事はそこでは無かった。「イケボ…かよ」「イケボ?何です、そ
2017年6月24日 19:04
前回までの「アイとアイザワ」-一秒に三度の点滅。その度に、視界に飛び込んでくる膨大な数の文字。最初の数秒は、眼球が痙攣する様に僅かに左右に振れた。これは人間が正面から対象を捉えられる視野角が160度であるため、部屋の両隅が一覧では捉えきれなかったためだ。愛は一歩後退りをした。もう一歩。さらにもう一歩足を運んだ所で入口のドアに背がぶつかった。その間、愛は一度も瞬きもせずに部屋に広がる情報の洪
2017年6月26日 00:59
前回までの「アイとアイザワ」-「話が早い」という褒め言葉がある様に、人は会話のスピードに価値を見出す。そのスピードは、どちらか一方だけが早くても成り立たない。発信と受信、それぞれの速度が似通った時に「話が早い」というスピード感が生まれるのだ。その点では、AIZAWAにとって愛は非常に有能な対話相手であると評価できた。「山田所長代理が30分離席し、その制限時間30分の間に貴女を説得できる
2017年6月26日 07:14
前回までの「アイとアイザワ」-静寂。全身の力が抜け、穏やかで心地が良い夢を見ている様だった。僅かに頬から冷たい感触が伝わる。よく磨かれた光沢のある壁、いやこれは床だ。ああ、自分は今倒れているのか、と愛は思った。どれくらい時間が経ったのだろうか。遠くで男の声が聞こえる。黒い革靴が幾つか視界を横切った。山田所長代理と、おそらく部下だろう。身体はまだ動かない。一瞬の点滅により、再び例の情報の
2017年7月1日 17:29
前回までの「アイとアイザワ」-愛は、閉まりかけた扉をとっさに身体で押さえた。視界に光の残像が残っている。愛が放ったフラッシュトークの光が、よく磨かれたステンレスの壁面に反射したせいだ。画面の反対側にいた愛自身も、その強烈な光の流れ弾に晒された形になった。愛は長い睫毛をパタパタと瞬かせ、それを何度か繰り返してから、足元の一年以上履き込んだローファーを確認した。視界はほとんど元通りになっていた
2017年7月1日 19:17
前回までの「アイとアイザワ」-黒いオートバイ。あれはHONDAのCBR400Rというやつだ。愛は以前立ち読みした男性誌の解説文を瞬時に思い出していた。流線型のスポーティーなフォルムが、愛の緊張感をより刺激する。「現在の速度では60秒後には追いつかれるでしょう。」AIZAWAの声は半径1m。ギリギリ運転手に聞こえかねない距離だった。愛はiPhoneを耳に押し当てて電話をしているフリを
2017年8月1日 18:09
前回までのアイとアイザワ-愛はスマートフォンの残量を確認した。残り11%。所長代理のバイクは、変わらず一定の車間距離をとってピタリと張り付いたままだ。映画の様にタクシーの運転手はカーチェイスに付き合ってはくれないし、映画の様に銃で撃たれる事もない様だった。ただ、事態は変わらず時間だけが過ぎて行く。時間とは選択肢だ。時間が減るという事は、すなわち選択肢が一つづつじわじわと潰されている事と