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僕がしてきた恋 〜初恋編 2〜

夏休み期間中、一度だけ偶然彼女と会うことがありました。
家族旅行の帰りに立ち寄ったサービスエリアのパン屋で彼女は働いていたのです。
学校にいる時とは違って、彼女はハツラツと笑顔で接客をしていました。厨房でパンが焼き上がると「焼きたてのクロワッサンはいかがですか〜」と声を出していたのが印象的でした。仕事中だったので会話もそこそこに、僕は彼女におすすめされたパンを購入しました。
その日の夜、彼女にメールを送ると「今日は来てくれてありがとう」と返信があり、以前からその店でバイトをしているのだと話をしてくれました。彼女の働きぶりを評価した店長から、「高校卒業後うちに就職しないか」と持ち掛けられている、とも話してくれました。
彼女はいつも笑顔で接してくれていましたが、僕の目には学校ではどこか退屈そうに見えていました。そんな彼女が社会人から高く評価されている。僕はとても嬉しい気持ちになったのを覚えています。

夏休みが明けても僕たちの距離は変わりませんでした。その頃には映画やご飯など何度か彼女をデートに誘っていましたが、返事をスルーされていました。
さすがに僕も、この頃には気付いていました。
彼女には彼氏がいることを。
それも年上の彼氏が。

ある日の朝登校していると、一台の車が校門に入って来ました。助手席からは彼女が降りてきました。ドアを閉める前に彼女は特別な笑顔を運転席に向けたのを僕は見てしまいました。咄嗟に視線を逸らしてしまったので確認はしていませんが、運転席に乗っていたのは親ではなく彼氏だということは明白でした。
後に彼女と一緒にファミレスへ行った女友達から聞いた話だと、彼女の彼氏は30歳の社会人で、皮肉なことに僕と同じ「しんちゃん」というニックネームだったのです。
法律がどうとか倫理的にどうとか、正論はいくらでも言えますが、そうしたところで現実問題僕は戦うことすらできずにいました。彼女からの反応が全てを物語っていました。
そう、僕は戦う土俵にすら上がれていなかったのです。

ある日の放課後、とある授業で使用した教室に忘れ物を取りに行った際、後ろの黒板に書かれた落書きが目に入りました。
そこには女子生徒が数人で描いたであろう、それぞれの彼氏との相合傘の落書きがありました。
僕の目にはすぐに一つの相合傘が入ってきました。なぜなら、そこには僕と同じニックネームが、その隣には彼女の名前が書かれていたからです。
それを見た僕は、自分の立ち位置と、その先の可能性を悟りました。
彼女としても困っていたのだろうと思います。だから連絡もスルーせざるを得なかった。彼女なりの思いやりだと僕は感じました。変に思わせぶりなことをしなかった彼女に感謝すると同時に、やはり素敵な女性だなと彼女の人間性に改めて惚れました。
それならば、僕にできることは一つです。
気持ちを伝えて、きちんとフラれること。
僕はこの恋を終わらせることを決めたのです。

冬休みに入り年の瀬が近づく頃、僕は彼女に電話を掛けました。おそらく電話は初めてだったと思います。
伝える内容を箇条書きにしたノートを片手に、僕は今日失恋するために電話を掛けたのです。
彼女は出てくれました。
電話越しに聞く声はどこか新鮮に感じました。
はじめは世間話をしました。最近寒いね、とか、宿題終わった?とか。世間話が楽しくて、この時間が永遠に続けばいいのにな、と思ったのを覚えています。
話が盛り上がり過ぎて携帯の充電が無くなり、一度電話が切れてしまいました。
再度掛け直した時に、ついに僕は本題を切り出したのです。
「実は今日電話をしたのは、話があったからなんだ」
「うん。何?」
「今日はSさんに告白しようと思って」
「………」
「もう気付いてると思うけど、僕はSさんのことが好きです。顔も声も性格も、全てが可愛いなと思ってる」
「………」
「だけど、Sさんには彼氏がいることも知ってる」
「うん…」
「2人の関係をどうこうするつもりはないんだ。Sさんには幸せでいてほしいと思ってるし。ただ、一つだけ願いを言うとしたら、Sさんのことを好きだった男がいたということを、心の片隅に置いておいてくれたら嬉しいなと思う」
話を聞いた彼女は最後に一言、僕にこう言いました。
「ありがとう。こんな私でごめんね」

こうして僕の初恋は終わりを告げました。

新年を迎えて学校が始まった後のことはあまり覚えていません。おそらく彼女と会話を交わすことはほとんど無くなったと思います。
そうして2年が終わり、僕たちは3年生になりました。
クラスが別々になったことで彼女との関わりはいよいよなくなり、学校でもほとんど姿を見なくなりました。
心の傷も徐々に癒え、僕は日常を取り戻していました。
3年生の秋、文化祭がありました。
全学年、クラス毎に行われる合唱コンクールで、僕のクラスは優勝しました。
また、毎年恒例のメインイベントである、その年のミスターとミスを決めるコンテストで、まさかの僕がミスターに選ばれたのです。
僕は人前に出るのが好きではないので、嬉しさよりも恥ずかしさの方が強かったのを覚えています。
文化祭が終わり学校を出ようと歩いていると、一通のメールが届きました。
宛先欄にはメールアドレスが表示されており、これは登録していない人からのメールを意味します。
しかし僕はその文面を一目見ただけで、誰から送られたものか一瞬で理解しました。
Sさんからだったのです。
内容はこんな感じでした。
「しんちゃん、合唱コンクール優勝おめでとう。ミスターも、さすがしんちゃんだね」
メールが彼女から送られて来たのはこれが初めてでした。
僕は宙に浮くくらい嬉しくて、この時の光景は今でも覚えています。
それから僕たちはまたメールをするようになりました。
彼女からの返信も、以前ほどスルーされることは無くなりました。
そうして時間が過ぎてゆき、お互い忙しい受験シーズンを迎えました。
僕は県外の医療系へ進学が決まりました。
彼女も同じ医療系へ進むのだと話をしてくれました。県内に残るということも。
僕たちは卒業後の春休み、ご飯を食べに行くことになりました。
駅で待ち合わせをしました。少し早く着いた僕を、彼女は背後から「わあっ」と驚かせて来ました。彼女は季節に合わせた薄いピンク色の服を来ていました。校則から解放され自由に化粧ができるようになった彼女は、一段と大人っぽく見えました。
僕は彼女と並んで歩き、事前に調べたお店へ向かいました。
しかしその店は臨時休業日の札が下がっており、どうしようか慌てていると彼女が「私の知ってるお店でいい?」と助け舟を出してくれました。
僕は彼女に案内されるまま、彼女がよく通っているお店へ入りました。
薄暗い店内で、洋食中心のお店だったと思います。
小さいテーブルに2人で座り食事をする。緊張で味を感じませんでした。
近くのテーブルにいたお客さんが誕生日だったらしく、サプライズの演出があり、2人で拍手したのを覚えています。
お互い電車で来ていたので、僕たちは食事を終えると駅へ向かいました。
構内で電車を待っている間、僕はもう一度彼女に告白をしました。
「前は気持ちを伝えただけだったけど、今回はSさんの気持ちを聞かせてほしい。好きです。僕と付き合ってください」

彼女の返事は、今回も「ごめん」でした。
「遠距離はちょっと」という理由でした。

それぞれの電車がやって来て、僕たちは「またね」と別れを告げて電車に乗りました。

それが彼女と会った最後になりました。

今となってはどこにいるのかわかりませんが、きっと彼女は幸せに暮らしていることと思います。
素敵な初恋を、どうもありがとう。



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