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価値の在り処


今回はヨルシカの「盗作」と「創作」を、物語的視点と音楽的視点の両面から紐解いて考察していこうと思う。

まずヨルシカとは、ボーカルのsuisとコンポーザーのn-bunaによる若者を中心に人気なロックバンドである。ヨルシカの音楽は全て一連の物語として落とし込まれており、その物語は音楽やMV、小説、それに対するリスナーの考察を通して完成する。そんな高い音楽性と芸術性を併せ持つヨルシカが2020年の7月にリリースした「盗作」というアルバムでは、1人の音楽家の男がその物語の主人公になっている。

その男は、あるとき妻を亡くした。かつて空き巣をしていた自分を音楽の道へと導いてくれた愛する妻だった。このぽっかりと空いた心の穴を満たせるのは音楽しかないと思った。音楽で売れさえすればきっとこの穴は埋まる。そして男は衝動的に名曲の盗作を繰り返した。すると当然のように売れ、瞬く間に有名になった。しかし、心は一つも満たされなかった。結果としては成功だったはずなのに。人々から高い評価を受けたことも間違いないのに。「盗作品」は作品とは呼べないのだろうか?ではいったい作品の価値はどこにあるのだろうか?しかし「盗作」というアルバムについて、インタビューでコンポーザーのn-bunaはこう語っている。



" 現代のほとんどの音楽に「創作足りえるものは存在しない」ということを表現して「盗作」と名付けました。"


つまり、「現代に創作と呼べるものはない」=「現代音楽のすべては盗作である」という定義を主張しているのだ。では、ここで述べられている“創作”とは何なのか。それについて考えるには一度「盗作」の後作となる、2021年1月にリリースされた「創作」についても触れておく必要がある。

「創作」の一曲目である「強盗と花束」には、強盗した花束は“死にゆく妻に贈る為”だと弁明したら許してもらえたと謳っている描写がある。この曲では、例えば「通常に花束を買った場合」、「ワケもなく強盗した場合」、「死にゆく妻の為に強盗した場合」。それぞれ手に入れた花束が結果的には同じであっても、入手までの過程の違いによってモノの価値は変わってしまうのか?という疑問を問いかけている。「盗作」では、価値は他人の“評価”で決まるのか?という他人の感情に依存した問いだったのに対して、「創作」では、価値は自分の行った“過程”で決まるのか?という自身の感情に依存している問いであり、対照的であることがわかる。
また、「創作」の最後に収録されている「嘘月」では、明治時代の俳人である尾崎放哉の句をオマージュした歌詞が散りばめられている。

     

このように、「創作」の最後に「盗作」(オマージュ)をするというなんとも不埒な振る舞いも恐らく意図的だろう。こうすることで、前述した「創作足りえるものは存在しない」というメッセージ性がより強調されているのだろう。
このことから「盗作」と「創作」は互いに表裏一体の関係であるといえる。「盗作」をしていない作品は「創作」であるが、反対に「創作」をしていない作品は言わば「盗作」なのだ。
ではなぜ、「創作足りえるものは存在しない」と主張するのか。それについて「盗作」の小説文中で男がこう語っている。



" 俺達が生み出した気になっていたメロディは、この世の何処かで既に流れている。平均律が生まれてから数百年経ってるんだぜ。今の時代に、オリジナルの、心を打つ美しいメロディパターンが本当にあるのか? "



よって「創作」が存在しない理由は、現在に至るまでにすでに良いメロディパターンは出尽くしていると考えているからだとわかる。そしてこの考えは単に物語の設定上での男の考えではなく、執筆者であるn-buna本人の意見であると考える。なぜなら実際に「創作」のEPでは、なんと曲が入っていない中身が空っぽのCDが販売されている。つまり物理的な意味で「創作」が存在していないのだ。サブスクが主流となった現在、このように“中身のない格好だけ”の品を売ることによってCDの存在価値を皮肉っているように思える。

これらヨルシカが伝えたかった作品の価値とは、まず他人の“評価”によるものではないということ。そして、結果に行き着くまでの“過程”に左右されるものでもないということ。そう、つまり結果はどちらでもなかったのだ。これらは作品の本質的な価値とは何も直結してない。盗んだ、盗んでいないなどは作品に対するただの"補足情報"でしかない。そもそもヨルシカ自体が、年齢も顔も非公開で活動しているバンドであることを思い出すべきだ。だから、作品の良さを語るのに世間の評価も過程もいらない。見失ってはいけない、そこに価値はないのだ。

ただ、自分の心が突き動かされる感覚だけが、その作品の価値を決めるのだ。

一昨年書いたレポートでした。おわり。

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