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意識高い系落語『双子の杉とエビデンス』

※このお話はフィクションです。

天下泰平、華のお江戸は八百八町と呼ばれ、町人たちが楽しく暮らしていた頃に起きた、不思議なはなしを一席。
申し遅れました。わたくし天狼亭雷太と申します。(拍手)

今から三百年ほど前。江戸から京へ向かって七十七里ほど先、三河と尾張の国境くにざかい近くに小さな村がありましてな。東海道の賑わいから少し離れたその村には、小川が流れ、田んぼが広がり、村人たちは人のいいお代官様に恵まれ、穏やかに暮らしておりました。
その村に里山がありました。わたくしの頭みてえに”はげ山”でございました。(笑)

昔の里山はどこも今のわたしどもが見ているのと違って、木はそんなに茂ってなかったらしいんですな。建築材料なのは言うまでもねえんだが、なにせ燃料は木しかないときた。煮炊きはすべてまきに頼りっぱなし。舟も箪笥たんすも何もかもが木製品ってなもんで、プラスチックなんぞない、環境にやさしい時代。作りすぎるということもない超循環型社会よ。今どきSDGsってことばを耳にしますが、人権や福祉、国際協力はからっきしダメでも、環境系なら立派なもんよ。
頭も山も手入れしねえといけません。(笑)

そのはげ山に、どうしたことか二本の杉の木だけが揃ってすくすくと伸びていた。
おや? 村人二人が双子の杉を触りながら何やら話し込んでおります。

熊さん「せいぜい俺の倍くらいだったが、今じゃ見上げてると首が折れそうだい」
八っつぁん「こいつは町の材木屋に売れば、いい金になるにちげえねぇ」
熊さん「それもいいが、俺ん家を建ててぇなぁ。早いとこ長屋を出てよ」
八っつぁん「てやんでぃ、お前んちより、俺のところが先だろうが」
熊さん「なにをぅ!」

今にも喧嘩が始まりそうになってきた。火事と喧嘩は江戸の華っつうが、ここは江戸じゃなく国境の田舎だ。大きな声を聞きつけ集まってきた村人たちが二人をなだめちまう。揉め事を嫌って、切るのはやめておこうって話し出す始末だ。問題を先送りするってやつですな。意識の高いおまえさんらはやっちゃいけませんよ。喧嘩がなきゃ落語にならねえ。(笑)

のどかな村だ、無理もない。双子の木にしめ縄を巻き、紙垂しでを下げて、四方を麻縄で囲み、「許可なく誰も入るんじゃねえぞ」とおきてのようなこと言い出す。なにか厳かな雰囲気を醸し出し始めちまう。近頃パワースポットなんぞいって、木には神様が宿っているとあがめますわな。数百年前の人たちはなおさらだ。誰ともなくその双子の杉を神の木、御神木と思うようになります。信仰心にエビデンスは持ち込めませんねぇ……。

時は流れて数十年。熊さん八っつぁんは双子杉に手を触れねぇまま爺さんとなり、この世を去っちまう。子、孫の代になってもそんなことは関係なく木は育っていくわけさ。まるまる太った双子の杉は街道からもはっきり目立つようになり、名所になっちまった。街道を行き交う人たちが、ちょいとはげ山に足を伸ばしお参りに来る。御神木なんて噂が立っても立て札はねえから、旅人は「この双子の杉はどんないわれがあるんかいのぅ」と聞くようになる。さあ困った。

問題を先送りした、記録も付けてない。事実を知るやつぁは誰もおりません。困った村人たちはお代官様に相談して集会を開くことにした。何せ小さな村だ。お奉行様がするようなこともお代官様がなんでもやってくれる。悪代官? ばか言っちゃいけません。ドラマの見過ぎだ。なんとまあ進んだ村で、和蘭陀オランダ生まれ、赤毛の女代官ときたもんだ。(歓声)
ダイバーシティーってやつの先駆けかねぇ。村人もよくすんなり受け入れたもんだ。えらいもんだ。

女代官「昔ノコトヲ 知ッテイル者ハ オルカ? ドシテ 二本ノ杉ガ残ッタカ?」
皆、知らん知らんと首を振る。
村の長老「なんぞご利益があった者はおらんか、祟りがあった者はおらんか。どんな小さなことでもええ。話してくれ」
沈黙が続き、みんな困り果てていると、巨漢の弥彦が「言いにくいんだけど、ええか?」と前へ出てきた。

弥彦「なんか知らんがのぉ、毎年春先になると鼻がむずむずして、そのうち鼻水が止まらんくなるんじゃ。みんなに聞いたらよ、同じようなこと言いよる。な、はなさん」
鼻を真っ赤にした叔母のはなが、急に立ち上がってこう言う。
はな「あたいは鼻が詰まって息苦しくて。だども風邪じゃねぇんだ」
自分もそうだという者。自分は平気だ、そんなの気のせいだという者。ざわざわしちまう。

村の長老「それが御神木様と何の関係があるんじゃ」
弥彦「杉の花が開いて粉が舞う頃になると鼻が詰まる。それにちげえねぇ」
はな「あれは御神木様なんかじゃねぇ、双子杉の祟りじゃあ」
大きな声で泣き叫ぶはなの勢いに呑まれたのか情けなのか、流れは双子杉を切っちまおう切っちまおうに推されていくんだな。同調圧力ってのかい? 場の雰囲気を変えちまう。

まさかスギなどの花粉が過剰な免疫反応を引き起こして人間を苦しめるとは、いくら蘭学を学んでいる女代官でもこればかりは知らんでしょうな。

女代官「アノ双子杉ガ 本当ニ オ前ラヲ 苦シメルナラ、証拠ヲ見セヨ」
はな「あたいも弥彦も、みんな春のこの時期にぐずぐずむずむずするだけじゃだめかい」
女代官「ミンナトハ 何人ジャ。ハッキリサセナイコトニハ 認メラレンナ……。ソウダ! 帳簿ヲ付ケテミヨ。コレカラ毎日書キ留メテ 三年後ニ決メテハ ドウダ」

その場にいた一同は「おおーっ」と感心しきりの声だ。てなことで、数的根拠をもとに解決を図ろうっていう取り組みが始まった。3年後、帳簿を携えて代官所に集まった。村人の8割5分が毎年春先に鼻の悩みが起きちゃ、そのうち治まること。試しに鼻っ先で杉の枝を振ってみると、その全員に反応が出たことも帳簿に付けて代官様に申し述べたわけよ。

結果はどうなったかって? 謂れは示せない一方、村人が困っているエビデンスはある。御沙汰おさたは明確よ。
女代官「双子ノ杉ハ 御神木ニアラズ! 村人ガ困ルナラ 切ッテ、村ノタメニ 使ウベシ」
さっそく村はずれの壊れかけた橋を新しく掛け直そうという意見がまとまり、おはらいをして双子杉は橋のための材木になったって話だ。

いやぁ歴史に残る名裁判だね。え、記録に残ってない? おかしいな。女代官だからかねぇ。
「おんなだ いかん」(笑)
了見の狭いやつはいつの時代もいるもんです。お後がよろしいようで……。

《2023.3.13天狼院書店ライティング・ゼミ4本目》

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