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Metallicaの『Master Of Puppets』に触れて

俺はもうすぐ42になる。
振り返ってみれば、俺の生まれ育った環境は特殊だった。
世間体を気にする親っていう事もあって一見ごく普通の家庭に見えたが、本当は今にも壊れそうな脆い絆で結ばれたバラバラな家族だった。
俺の親父は、ほぼ毎日家の中で暴言を吐いたり、お袋に嫌味なんかを言ったりしてた。
いわゆるモラハラってやつだ。
そんな事もあってお袋はいつも不機嫌だったし、やりきれない想いを俺に八つ当たりする形で何とか親父との関係を保っていた。犯罪が起こる10歩手前だからこそ厄介なんだ。
今思い出しただけで虫唾が走る。

それでもこの世に生まれてからひもじい思いをする事は一度もなかった。
親父は最悪だったが、一見良い人を装っているっていう事もあって生活する上で必要な物は買い与えてもらえたし、飯だってそれなりに良い物を食べさせてもらえた。
生まれた時から歪んでいる部分と歪んでいない部分が混ざり合っているからなのか今となっては分からないが、俺の本能はSOSを出さず、親戚にもクラスメイトにも誰にも家族の真実を打ち明ける事はなかった。
いや、違う。俺にはそんな選択肢すらなかった。
だってそうだろ?生まれた時から全てが狂ってるんだ。
誰も信じられる訳ないだろ。

なんかいつだってイライラしてたし、むしゃくしゃしてた。
親父の二の舞だけにはなりたくなくて人に暴言を吐く事はしなかったし、お袋みたいに人に八つ当たりをしない様にもしていたが、中学生になってからはやりきれない想いを壁に何度もぶつけたし、高校に入ってからなんて殆ど親と口もきかなくなっていった。
そんな時期だっけ?確か高2の頃、たまたま行ったタワレコの店内にMetallicaのMaster Of Puppetsが流れていた。

今にも張り裂けそうなドラムの音、泣きそうで怒っている様なギターの音色、ひっそりと弾むベースの音、靄がかかった中で唸っている様な歌声。
ライブに行って音を聴いた訳じゃないのに、その時確かに耳の鼓膜を伝って俺の中に音が響いたのを感じた。
英語で何を歌っているのか分からなかったが、マスターという叫び声は俺そのものだった。
今まで手の施しようがなかった怒りを痛みを恐怖を叫びを音で代弁してくれている様な気持ちになった。勝手に足が小刻みに動いていたのには笑ったけど。

それ以来、俺はヘヴィメタルってものにどんどんハマっていったけど、俺は相変わらずだ。
とっくに家は出て行ったけど、これまでの事が救われた訳じゃないし、何も変わっちゃいない。今だって親のしがらみにずっと縛られているし、今日だって駅のホームで人にぶつかって思わず舌打ちをした。
そんな有り様だけど、いつだって耳にイヤホンを突っ込めば、親のしがらみもうんざりする日常も嫌な事も全部何もかも掻き消されるんだ。
だから俺は今日も人混みに紛れて音楽をきく。ただそれだけ。

【Profile】
41歳、男性。
工事勤務。東京都在住。
〈好きなもの〉
ヘヴィメタル
〈嫌いなもの〉
なんでもない日常



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