失恋する度に香水を買う

街を歩いていると、突然懐かしい記憶が起こされる香りに遭遇することがある。

春の桜。
夏のプールの塩素。
秋の金木犀。
冬の灯油ストーブ。

何となく想像しやすいのはこの辺りで、
他にも、雨上がりのアスファルトの匂いや暫くぶりに実家に帰った時のタオルの匂いなんかもそうだ。

「嗅覚」というものは、まるで魔法のようだと思う。それまでずっと忘れていても、ふとその香りに出会ったら今まで閉じられ続けていた扉が一気に開くように記憶が溢れ出す。

その感覚が胸を締め付ける。
幸せな記憶の他にも、苦しい記憶も思い出すこともある。
例えば、もう会うことの無い人との香り。

僕は恋人が出来たら香水を買う。
その人が好きな香りを一緒に選んでもらう。
そして、会う度にその香りを纏う。

春の穏やかな風が僕たちを包みながら過ごしたあの時間や、秋のカサカサと音を立てる枯葉を踏みしめる瞬間。
全てに彩りを出してくれる。

その瞬間を切り取ったものが思い出と言うならば、香水はそれを飾る額縁のようなものだ。

そして、恋人と別れたとする。
理由はどうあれ、一度心から愛した人だ。その人に対して今は愛がなくとも、共に過したあの時間には愛がある。
それ故に、大切にとっておきたい。

写真は削除し、思い出の品も捨てる。
それは次の恋人に失礼にあたるような気がしたからだ。
でも思い出は捨てられない。捨てたいとも別に思わない。
その時間があったからこそ、今の僕がいる。

物は捨てるが、香水だけは残しておく。
記憶の扉を開く鍵だけは、大事にしたい。
日々として、忘れることがとても惜しい。

だから、次の恋人が出来たらまた、香水を買う。
もし家族が増えたらきっと、増える度に香水を買うのだろう。

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