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『日本SFの臨界点[怪奇篇]』の感想

 本作は、今をときめくSF作家・伴名練氏が選りすぐるSF短編アンソロジーとなっている。恋愛篇・怪奇篇と銘打たれた2冊からお気に入りの短編が多く集録されていた[怪奇篇]の感想を書く。

中島らも「DECO-CHIN」

 もう1つの短編集[恋愛篇]でも音楽をテーマにした作品があったがこちらは異色。微細で官能的ともいえる演奏表現は音楽に疎くても思わず喉を鳴らす。主人公・松本の行く末には憐れみよりも強い共感を覚えた。魅力的な集団に自分も属したい/関わりたい、という気持ちは誰もが持っているんじゃないでしょうか。属するための条件が思想や社会主義などのふわふわとしたものではなく、目に見える物理的なものであるなら尚の事、気持ちは抑えられない。反社会的な勢力は体に共通の入れ墨を彫ることで仲間としての意識を高める、というような話も思い出した。

山本弘「怪奇フラクタル男」

 反社会的な勢力から繋がる短編。ヤクザの親分とその息子、そして数学者が登場する。

「フラクタル」という聞き慣れない言葉が登場する本作、フラクタルの他にもメンジャースポンジ、シルペンスキーの絨毯など聞き慣れない言葉が出てくる。作者紹介ページにおいても伴名練氏も「フラクタルがわからない方は画像検索を」と言っておられるので検索しよう。僕はした。
 本作の内容は奇妙な瘤に苛まれる男の話だ。瘤、痣、瘡は呪いや祟りによって起こる状態異常として非常にスタンダード。大抵の場合。呪いや祟りに至る原因を究明し苛まれている男が結局悪いんじゃないかとか、人を呪わば穴二つなどと続くが今作はそういったドロドロ道中を脇において実に鮮やかな終わりを見せる。10ページという短いお話ですが、スッキリした読後感がある。

田中哲弥「大阪ヌル計画」

 こちらも10ページという短いお話。しかし、その密度たるや。いや、密度がありすぎると本作的にはあまり良くないのだが……。
 ある老人の語りで物語が進行していく。よくある信じられない語り手ということはなく、時にはユーモアをまじえながら当時の大阪について話していく。「大阪にはそういうセンスがなかったんじゃ」と、さらりと言ってのけたのには流石に笑った。

 特に深い意味はないです。

岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」

 SF作品はその世界観を理解することから話が始まるものだと僕は思っている。世界観を頭の中で必死に作り上げ、内容を読み解いていく。こう書くとSFに向いていない頭をしているが、考えて、頭の中に作り上げる工程もSF作品を楽しむ・面白いと思える理由の1つでもあるので止められない。
 人類みな立ちっぱなしで座る余地もない、食事は右から左へと流れてくる配給で補う、デトックスも同じように。みんながみんな、ぎゅうぎゅう詰めで生活している。めちゃくちゃな世界観なのだが、めちゃくちゃな世界に敷かれたルールは結構現実的である。読者が思い浮かぶような簡単な疑問もするっと描写されるので理解はしやすい。監獄のような世界で夢も希望もないのだけど、終わりは綺麗だ。

中田永一「地球に磔にされた男」

[怪奇篇]ではこの短編が1番好きだ。
 夢も希望もないろくでなしがひょんなことから平行世界を行き来する力を得て四苦八苦する。別世界で幸せな人生を送っている自分自身に凶行を働き、幸せになりたいと嘆く。凶行の後もいろんな世界を行ったり来たり。しかし、終盤に差し掛かると一転、ある世界に主人公は居続けることになる。他人は自分を映す鏡、という言葉があるが主人公は自分自身という他人を通して何を成すべきかを知ることになる。
 収録されている短編のなかでも、ひときわ美しく涙腺にきた。それにしても世にも奇妙な物語にありそうな話だ。

光波耀子「黄金珊瑚」

『地球に磔にされた男』が世にも奇妙な物語であるなら『黄金珊瑚』はX-ファイルでしょう。意思を持った生成物が人間を支配するSFホラー。人知を超えた何かが次第に人間生活を侵食し、やがて強大な何か、人間を脅かす何かへと進化していく。読み進めていくごとにX-ファイルのあの曲とかあの曲とかが流れていきます。「人間が人間を支配する話」はひたすら人の悪、底なし沼の邪悪が書かれ、読み進めるのが困難になっていきますが「人外が人間を支配する話」は好奇心が忌避を上回ってくれるのでスルスルと読み進められる。SFドラマチックな流れは洋ドラ好きとしても馴染む。今作も『地球に貼付けにされた男』に次いで好きな作品です。

津原泰水「ちまみれ家族」

 ギャグやコメディはやはり漫画や映画、ドラマに限るでしょう。というのが僕の考えだったのですが『ちまみれ家族』は僕の狭い考えを軽々しくふっとばしてしまった。平熱のまま紡がれるギャグ。シュールギャグとはまた違っていてフツーに面白い。地の文が上手いとこうも面白いのかと感心してしまう。何度も読み返したくなる作品です。表題に書かれるわけだ。参りました。

中原涼「笑う宇宙」

 途中までは空間に漂う狂気を楽しんでいたのですが、後半に差し掛かると掴みどころのない物語に恐怖を感じるばかりであまり楽しめなかった。と、ここまで素直に書いたのだが「狂気」と「恐怖」を感じさせることがこの短編の目的だとすると、その目論見は当たっている。
 特に主人公が〈父〉との会話から及んだ凶行はぼやけていた「狂気」の輪郭がはっきりと形になり、得も言われぬ不気味さがあった。宇宙という閉鎖的な空間で信頼できる語り手も人物もいない。とうとうと続く居心地の悪さがあった。

森岡浩之「A Boy Meets A Girl」

 『地球に磔にされた男』で「ひときわ美しく」と書きましたがこの短編も負けていない。宇宙を彷徨う生物である「少年」。アニマルプラネットよろしく語られる未知の生態は興味深く、描写される心情と相まって非常に魅力的だ。少年は少女に出会い、自身が生まれた理由と生きる意味を知る。明確な恋愛描写は確かにないものの、今作は怪奇篇ではなくて恋愛篇に集録しても良かったんじゃないか~? という思いがあります。少年が少女に出会うのみで先がないから妥当か……。少女の行為には間違いなく慈しみがあったし、別れ際の少年とのやりとりには愛が在った。それも少年の遺伝子に組み込まれたものだったと言われればそれまでだが。
 この短編も上記の『地球に磔にされた男』『黄金珊瑚』に続いて好きな作品です。

谷口裕貴「貂の女伯爵、万年城を攻略す」

 恥ずかしながら貂という動物がどんなものか今作を読むまで知りませんでした。調べるまで豹みたいな動物を想像していた。安直過ぎる。
 短編であるから致し方ないのだけど、全体的に流れが急で、逆に退屈だった。こんなことを言うのはとても失礼なのだけど、上下巻でたっぷり読みたかった。獣人が支配する世界で人間なんかまるっきり相手にされていない。それでも策略を巡らせ一矢報いろうとするヒューマンの健気なこと。この辺りの人間としての尊厳を破壊する過程をもっと見たかったというのが正直あります。なんてワガママなんでしょ!

石黒達昌「雪女」

 ノンフィクション風に「雪女」を書いた短編。創作でありながら淡々とした書きぶりから実際に起きた出来事・記録を追っているかのような錯覚を受ける。レトロ妖怪・雪女を主軸に、知れば知るほど事態が寒々としていく様はミステリに近く、SF作品という1ジャンルに押し込めるのは勿体ない気もする。しかしノンフィクションと錯覚してしまうその手腕を前にジャンル括りへの不安も無駄に思える。そう思わせるほどに惚れ惚れとしてしまう。
 読み終わったあとに編者・伴名練 氏が「私の創作に決定的な影響を与えた」と申していたのを思い出し、これは……影響受けるわ、と1人感慨に耽っていました。

終わり

 流石だぜ……伴名練……。という具合のラインナップでした。
 SF作品は難解な作品が多く、1作品読むのにも膨大なエネルギーを消費する。生活習慣や社会規範、なにもかもが違う登場人物たちへ同化し、その眼と脳みそに絢爛なコンクリートジャングルと打ち捨てられた傍若無人な大自然、天と地がひっくり返ったかのような世界を映し出す。しかし、完全に現実を切り離し、その世界の規範に従うと今度は辻褄が合わず混乱する。現実と空想を分ける塩梅が非常に難しい。けれど本作品[怪奇篇][恋愛篇]にはそのようなネガティブな経験はなかった。斜面の緩やかな山を登り、これまた緩やかな斜面を杖を突いて下っていくような、SF若輩者に優しい、けれど満足のいく短編集だった。
 この感想noteには収録作品の感想(というほど厚いものではないけれど)だけをさららと書きましたが、編者・伴名練 氏が短機関銃を乱射するかのごとくSF作品をオススメする「編集後記」もかなり良かった。本好きとはこういう人を指すのだなぁ。

 上記のリンクは文庫版だけど、Kindleで読める電子書籍版もある。

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