【遺書日報_サードシーズン】2021年8月27日
遺書日報サードシーズン2日目を迎えました。
もう既にあまり書くことが思いつかない領域にいます。
今日も、昨日同様に冷やっこを食べました。最初の一口目に醬油も何もつけずに食べたところ、大豆を越えて枝豆の風味を感じました。よくよく思い返してみると、大豆が未熟な状態が枝豆でした(あまりにもうろ覚えだったのでさっきググりました)。
豆腐を食べた瞬間には「豆腐は大豆からできていて大豆は枝豆が熟したものを乾燥させてできる」ことは一切考えていませんし、普段からそのことを強く意識して生活しているわけでもありません。でも、豆腐を食べた時、その刹那に、本能(?)が枝豆を感じ取りました。
現在の自分自身の知覚能力に驚いています。ほんの数カ月前までは何を食べているのかすらよく分からず咀嚼していました。ただ、ここ最近は頻繁に豆腐や納豆を醤油でいただいているので、そろそろ大豆関連の味がゲシュタルトするかもしれません。
味覚で面白いなと思ったのは、ストレスとの関係性です。
私は大学時代、概ね楽しく過ごしていましたが、薄らぼんやりと鬱屈していました。慣れないひとり暮らしに対する不安や、中高時代とは違う人間関係への戸惑い、課題に追われる辛さなどがあったのだと思います。その当時は洋菓子や菓子パンなど脂質、糖質が豊富な物を貪っていました。また、お酒もよく飲んでいましたが、なんとなくの好き嫌いのみしか判別できていなかったので、嗜むというより流し込むに近い飲み方をしていたように思います。もったいない。
大学を卒業し、勤め人になってからは過度なストレスで食事量が減りました。特に心身の状態が酷い時は、何故か甘いものが一切受け付けず、逆に今まであまり積極的に食べてこなかったピリ辛なものを好むようになりました。セブンイレブンでめちゃくちゃ麻婆買ってました。スパイスが利いたものも好きになり、特に生姜を使った料理を積極的に作ったり買ったりしはじめました。今でも生姜大好きです。
心身ともにそれなりに健康になった今は、バランスよく色々なものを摂取することを心がけています。
というように、私の場合、ゆるゆるとした慢性的なストレスの渦中にいると甘いものやお酒を欲し、苛烈なストレスにさらされると甘いものを避けて辛いものを求めるようになりました。
改めて考えると、塩味、甘味、酸味、苦味、うま味の中から酸味だけ抜け落ちた数年間を過ごしてしまったことに気づきました(苦味はコーヒーや紅茶で摂取していました)。どちらかというと、梅干しや柑橘類など酸っぱいものは好きなはずなのに何故。また日を改めて考えてみます。とにもかくにも、これからは酸味を積極的に取り入れていきたいです。
これにて本日の日報は終わりです。
---追記---
ゲシュタルトしてしまいました。ゲシュタルト崩壊って書いたつもりだったんだけどな~~~。
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