夏の夜、お台場。
その日会ったばかりの男女数名とともに、潮風に吹かれていた。
お酒も入っていたかもしれない。
みんな少し酔っていたような気もする。
少なからず高揚していた。
何をしていたわけでもなく、ただみんなで東京湾の夜景を眺めていただけ。
だけど、その夜を、きっと忘れないだろうと思った。
目の前に広がるのは東京湾の夜景だったが、みんな遠く海の向こうに思いを馳せていることは、言わずともわかった。
そこに集まっていたのは、数か月以内に海外へと飛び立つことが決まっていた学生たちだったから。
学生の頃、かなり大規模な奨学金の募集があり、私はその奨学生として採用された。
私と同世代の人なら、聞いたことがあるかもしれない。
「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」という大層な名前のプログラムである。
このプログラムに採択された学生は、留学の前後に一泊二日の研修を受けることになっていた。
留学前の研修初日。
私は、この場にいることが、相応しくないと感じていた。
随分と大げさな名前のプログラムだな、と思っていたが、そこに集まっていたのは、その「日本代表」という名に恥じないような人たちばかりだった。
意見を求められると、そこにいたほとんどの人が手を挙げる。
出された質問や意見は、どれも的確で明瞭だった。
学生でありながら既に起業している人。
海外の建築事務所にインターンする予定の人。
地元企業の期待を背負いながら、海外で情報発信しようとする人。
目的意識をもっていて、目をキラキラと輝かせている人たちばかりだった。
私は、ただただ、ぞっとしていた。
こんなにもすごい人たちが、うじゃうじゃいることが恐ろしかったし、自分自身をとてもちっぽけに感じた。
場違いだ、と思った。
研修は夜まで続いた。
宿泊先は、各自ホテルの1室をあてがわれていた。
今思うと、なぜ私はあの夜ホテルの部屋に閉じこもらずに、お台場のプロムナードをみんなと歩いたのだろう、と疑問に思う。
私が、自ら部屋を出たとは思えない。
きっとだれかが私のことも誘ってくれたのだろう。
ホテルを出る前に、コンビニに寄ったことを覚えている。
みんなそれぞれに飲み物や菓子を買って、ホテルを出た。
ホテルを出て、海に面したデッキのベンチに座ったり、立ち飲みしたり、歩いたり、思い思いに過ごしていた。
立食パーティーのように、いろんな人と話した。
私は、初対面の人と話すのが得意ではない。
だが、そのとき一緒にいた人たちは、なかなか自分から話題に入れない私にも、「桃子さんは、どう思う?」と尋ねてくれた。
そして、キラキラの目を輝かせながら話を聞いてくれた。
不特定多数の人と話すのは苦手だと思っていたけれど、その夜は不思議と心地よかった。
少し輪から外れて、一人になったとき、話しかけてくれた男の子がいた。
みんなを後ろから見ながら、私は、心の中で思っていたことを、その日初めて口にした。
「みんな、すごくキラキラしていて。なんだか圧倒されちゃいました。みんなみたいに思っていることを話して、行動に移せるようになりたいなぁ」
言葉にしたら、少しすっきりとした。
でも、その子は、まっすぐ私を見ながら言った。
「そのままで、いいんじゃないでしょうか。ここにいるみんなはわりと、自分が、自分が、って、早口で主張する人たちだけど。桃子さんは、自分のペースで伝わるように話していたのが、かっこよかった。」
私は、そう言われて、なんと返しただろう。
わぁ、なんてスマートで優しい言葉だろう、と思ったことは覚えている。
スマートな子って、こんなこともさらっと言えちゃうのかしら、と私は感動していた。
私は、その言葉のおかげで、必要以上に卑屈にならずにすんだ。
惨めな気持ちでいっぱいだったのに、その子のおかげで、ふわりと気持ちが軽くなった。
このプログラムで一緒になった人たちは、留学を終えて、起業したり、国際機関で活躍していたり、研究者になったり、官庁に勤めていたりする。
あのとき以上にパワフルになって、夢を叶えて、世界各地で活躍している。
私はといえば、どうだろう。
まだ、いまの私はみんなの活躍を眩しく感じてしまう。
私は、みんなのようには輝いていないから。
だけど、あの夜、「そのままでいい」と言ってくれた人がいた。
その言葉を、いまもときどき思い出す。
自分のことが嫌いになりそうなときに。
私は、いまの自分のままでいいとは思わない。
私は将来社会のために役に立つことを期待されて奨学金を受け取ったのだから、私も、みんなのように社会に貢献したいと思う。
だけど、いまの自分を嫌うんじゃなくて、いまの自分を認めながら、自分にできることを探していきたいと思っている。
みんなは、あの夜を覚えているのだろうか。
いつかみんなと会って、あの夜のように話をしてみたい。
そのときには、みんなに会っても恥ずかしくないような自分になれていたらいいな、と思う。