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胸いっぱいのティータイム

とある休日、私は夫と銀座のマリアージュ・フレールでお茶をした。

こう書くと、なんだかブルジョワのようだが、私たちがこのお店に行くのは初めてのことである。

夫の会社の創業何周年目かの記念として、社員にギフトカタログを配布していた。そのなかにこのお店のティーチケットがあったので、それに決めた。

「これがいいんじゃない。ケーキと紅茶のセット2名分だって」と私が提案すると、夫は「それにしよう」と即答する。
夫は、大の甘党なのだ。


マリアージュ・フレールでお茶をする日。

私たちはお昼ごろ出発した。遅めの朝ごはんだったから、昼食はとらずにそのまま店へと向かう。

店の前には行列ができていた。

40分ほど待ち時間があると告げられる。

待つけどいい?と夫に確認すると、なぜか夫はうれしそうに、うんと頷いた。私の父だったら、この行列を見て帰ると言い出しかねない。
のんびりと待てる夫でよかったな、と心の中で思っていると、夫はちょっと待っててと言って、どこかにいなくなっていた。

5分くらい一人で並んで待っていると、夫が袋を持ってトコトコと歩いてくる。
袋の中から夫が取り出したのは、いちご大福と、あんず大福だった。

これからケーキを食べるのに??

と、私は内心驚いたが、お昼を食べていなかったから、小腹が空いていた。
私は、いちご大福を夫から受けとった。
隣では、夫があんず大福を頬張っている。
リスのようにほっぺをふくらまして、ふくふくとしていた。
私が食べたいちご大福も、お餅がやわらかくて、餡子も甘すぎず、いちごも大きくて、とてもおいしかった。

40分ほど経って、店内に案内された。

好きなケーキと紅茶を選べるということだった。

ケーキの説明を聞いている間、夫はすでにしあわせそうだった。

ショーケースの前で、ふたりともしばらく悩んでいたが、夫は季節のフルーツと紅茶のケーキ、私はベリーと抹茶のケーキにした。

紅茶は、夫がパリ・ブレックファーストを、私がロス・アンデスを注文した。ロス・アンデスは、チョコレートのような香りがするという。

紅茶はポットに入って運ばれてきたが、あまり見たことのない不思議な形をしていた。古い喫茶店におかれた、星座占いの機械くらいの大きさがある。形状もそれに似ていた。
優雅というよりも、少し滑稽な形をしているので、紅茶を注ぎながら、夫と変なの、とくすくす笑い合う。

ケーキが運ばれてくる。大きな一切れだったので、夫がわぁいとはしゃいでいた。
ケーキを一口食べると、夫はひとくち交換しよう、と言う。私たちはだいたいいつも頼んだものをシェアし合う。大福は分けるのが難しいから、ひとりで食べたけれど。

回転寿司に行ったときにも、だいたい一貫ずつ分け合う。はじめは好きな寿司を思う存分食べさせてくれ、と思ったけれど、自分だったら注文しないだろうなと思うものも意外とおいしかったりして、シェアするのもいいものだと思うようになった。

それに、二人だと二つの味を食べられてしあわせ〜と言っている夫がとてもかわいいのである。
特にケーキを二つ食べられるとき、夫はとてもうれしそうにする。
いつもにこにこしている夫だが、甘いものを食べているときは特にふくふくしている。

この日食べたケーキもとてもおいしかったから、夫はケーキをひとくち食べるたび、ん〜と唸って、ぷるぷるしていた。私がイワシのお寿司やウニ丼を食べているときのように。

紅茶もたっぷりと入っていたので、二人ともお互いが飲んだお茶を飲み合う。二人とも、私が頼んだお茶のほうが好みだった。ふわっと華やかな香りがはなにぬけ、チョコレートのようなコクがあり、飲み終わったあとに上品な甘みを感じる。帰りに買って行こう、と決める。

帰りに立ち寄った紅茶売り場は、異様な雰囲気があった。
薄暗く、クラシカルな雰囲気の店内。
全身白い服の男性たちが、ハシゴを登って紅茶缶を取り出したり、扇子でバサバサと紅茶の缶をあおぎ、お茶の香りを客に確かめさせたりしていた。
妖しさ満点である。
ハリーポッターの杖屋さんのような雰囲気、と言ったらわかりやすいだろうか。

紅茶の値段を聞くと、かなり高かったので、買わずに帰ろうとしたが、半分の量でも販売できます、と言われたので半分の量だけ買うことにした。


店を出ると、もう夕方になっていた。

ケーキを食べて帰るだけの休日。

田舎育ちの私は、東京に来ると、せっかくだからと、いくつもの美術館を梯子してヘトヘトになってしまうことが多い。

でも、ただケーキを食べるだけの休日も悪くないな、と思った。
それも贅沢な時間の使い方のような気がした。


ケーキも大きかったし、紅茶もおなかがタポタポになるほど飲んだ。

「おなかいっぱいだね」と私が言う。

「うん。胸もいっぱいみたい」と夫は、恍惚とした表情で言う。

ケーキで胸いっぱいになれるなんて、しあわせなことだなぁと思いながら、私たちは帰路についた。



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