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駅と電車

映画や小説、漫画の中で、駅や電車が重要な場面に出てくることが多い。
駅や電車は、毎日たくさんの人が行き交う場所。
そこから、たくさんの出会いや物語が生まれたのだろうから、当然といえば当然かもしれない。

以前私の好きなドラマで、終電は、男女が一線を超える言い訳のためにあるのだと言っていたっけ。

でも、日常では、そんなドラマチックなことは、めったに起こらない。
私は、中学生の頃から電車を使っているから、もう人生の半分以上を電車で通学・通勤していることになるけれど、電車ではドラマみたいな劇的な出来事が起こったことなんてない。
毎日同じように乗って、同じように降りるだけ。
電車は、目的地に行くための通過点にすぎない。

けれど、これだけ長く電車に乗っていると、たまに変わったことが起きる。
映画やドラマのように、人生に劇的な変化をもたらすような出来事ではないけれど、ちょっとだけ特別な瞬間が訪れる。
日常を、ほんの一瞬、鮮やかに彩ってくれる瞬間が。


今日は、電車や駅での、そんなちょっと特別な出会いを、アンソロジーのように綴ってみたい。


朝帰りの朝に

終電の時間が21時というのは、大学生にとって、かなり不便だった。私は飲み会があるたび、友達の家に泊まらせてもらっていた。

友人たちと楽しく過ごしただけなのに、朝帰りというのはどこか後ろめたかった。
しかも、朝帰りをする日って、なぜか、やけに清々しく晴れていることが多かった。飲み会明けの、身体も頭もぼんやりとした私と、澄み切った空が対照的だった。

ある朝帰りの朝、乗り換えの駅で、電車を待っていた。
そこまでの電車でも寝たはずなのに、待合室でも寝そうになっていたとき、待合室の自動販売機で缶ボトルのコーヒーを2本買っているおじいちゃんがいた。

おじいちゃんは、そのうちの1本を私にくれた。
「おつかれさま」と言いいながら。

ありがとうございますと言って、そのまま受け取った。
知らない人にコーヒーをもらうなんて、初めてのことだった。
いつもだったら見知らぬ人に対して警戒してしまうけれど、そのおじいちゃんはどう見ても善良な人にしか見えなかった。

どういうつもりでおじいちゃんが私にコーヒーをくれたのかわからない。
私がものすごく疲れているように見えたのかな。

コーヒーをひとくち飲むと、ふわっと朝の空気がわたしの周りにも流れ始めた。

おじいちゃんは、朝の爽やかな空気を私に分けてくれようとしたのかもしれない。


小雨の降る朝に

私の家は、駅から自転車で5分くらい。
小雨くらいなら、そのままカッパも着ずに、自転車で駅まで来ることが多い。

小雨の降る朝、私は歩いて行ったら間に合いそうになかったので、自転車に乗った。
駅に着き、待合室に入ると、そこにいた老婦人と目があった。その方は、私を見るなり、傘は持っていないの?と聞いてきた。私は、いつも折り畳み傘を鞄に入れているので、ありますと答えようとしたが、慌てて家を出たため、持ってこなかったことに気づいた。
駅で買うので、と言いかけると、彼女は小さな折り畳み傘を鞄から取り出して、私に渡してくれた。
またいつ会えるかわからないから、と断ろうとすると、
「わたしには傘があるから、返さなくていいの。だれか困っている人がいたら、その傘をあげてちょうだい。」
とその方は優しく笑った。

私は、あの傘をどうしただろう。結局どこかに置き忘れてしまったような気がする。
でも、見知らぬ私に傘をくれるその方があまりにもかっこよくて素敵だったから、私も雨降りの日は、長い傘と折りたたみ傘を持つようにしている。まだ、誰かに渡したことはないけれど。


慌ただしい朝に

私は、朝バタバタしてしまうことがとても多い。最近は、少し反省して、前の日に荷物を準備するけれど、以前は毎朝電車に駆け込んでいた。

ところが、ある朝、電車に乗り遅れた。
一生懸命自転車を漕いだけれど、間に合わなかったのだ。

自転車から降りて、息を整えていると、自転車置き場の前に1台の車が停まった。
すると、車の窓が開いて、「どこまで?次の駅で乗り換える予定だったなら、次の駅まで乗せていくよ」と車の中にいた女性が私に向かって叫んだ。

まったく知らない人だったし、迷惑をかけるのも申し訳ないし、と思ったが、今なら乗り換え先の電車に間に合うな、と思った。
「遠慮しなくていいから、乗って」と言われ、私は、その人の車の後部座席に乗った。

車では10分くらいで、次の駅に着いた。
車中で私は特に気の利いた話もできず、ただありがとうございますとすみませんを繰り返していたけれど、その女性は、ずっと「いいの、いいの。」と言って笑っていた。
駅に着き、その方から「間に合わないと大変だから、急いで」と促されるままに、私は車を降りた。降りた後で、名前や連絡先を聞いていないことに気づいたが、もうどうやっても知りようがない。
もうその人の顔も覚えていないけれど、本当にありがたかったな。


疲れ切った夜に

私は、いつも電車に乗るとぐっすりと眠ってしまう。
飛行機もそう。離陸した瞬間は覚えているが、その次の瞬間が、着陸の「どしん」という響きということも多い。

電車は、心地よく揺れて、眠くなってしまうが、最終電車に乗るときは、眠らないように気をつける。
眠ってしまったら、終点は隣の県だ。しかも、引き返す電車はない。

だが、ぐっすりと眠ってしまったことがあった。
幸い乗り過ごしてはいなくて、起きたとき、ちょうど降りる駅だった。

目覚めた私は、隣の女性の肩にがっつり寄りかかって寝ていたことに気づいた。
降りるべき駅だったから、すみませんでしたと謝って急いで席を立った。

けれど、駅のホームに降りたあとで、その方の優しさに気づいた。

電車は、あまり混んではいなかったから、私の隣に座っていた方は、席を移動することもできたはず。それに、人の頭って結構重いから、他人のそれが肩にのるのは、かなり不快だったと思う。
それでも、私の隣に座っていた人は、席を移ったり、私を起こしたりせずに、私をそっと寝せておいてくれたのだ。

優しさって押しつけるものじゃなくて、きっとこんなふうにさりげないものなのだと思う。






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