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おくすりをそっと一粒

頭がふわふわする。
鼻でむりやり息をすると不細工ないびきにも似た音がする。
何度咳を繰り返しても痰は絡まったままで、咳き込むために空気を吸うと、ひゅっと喉が鳴く。それに反応してまた咳が止まらない。

喉が乾く。痛い。千切れそうだ。咳のしすぎからか、心なし肺も痛い。

覚束ない意識の外で、自分の派手な咳に混じって扉の開く音がしたような気がしたが、体を起こす気にはならなかった。

「ひどいな」

かさりとビニル袋が音を立てたのと同時に部屋の隅で声がする。
目線だけをゆっくりとそちらにやると、顔半分からでも思いきり顔をしかめているのが分かるマスク姿の彼が、ビニル袋を部屋の脇に置いて顔を上げた。
返事をするようにまた咳が出る。

「うつるのに」

「今日は元気だから大丈夫だよ」

「マスク、予防にはならないんだよ」

「別にそういうつもりじゃない。今日一日してたからそのまま付けてきただけ」

彼はネクタイを緩めながら近寄ってきて、そっと指の背をわたしの首に寄せた。

「熱は?」

「病院のおくすり、喉痛くて行ったけど解熱鎮痛剤も入ってて、朝も昼も飲んだからあんまり分かんない」

「声やべーな」

次は手のひらが額を覆い、頬に降りてきた。
いつもは暖かい彼の手がひんやりとしていて、外の寒さが伺えた。

そうしてまた体を起こした彼は、雑炊買ってきたから、と勝手知ったるでコンビニの袋から出した食料をレンジに突っ込んだ。
コンビニでもらったスプーンをわたしに手渡す。

「自分の分は?」

「後でいい」

「一緒に食べよう?」

「お前が寝たらな」

「それ一緒じゃないよ」

少しだけ頬を膨らませたけど、彼はすこし笑って冷えピタの貼られたわたしの額をそっと撫でた。

「泊まってほしい?」

「うつっちゃうよ」

「じゃあいいの?」

「うん」

「ファイナルアンサー?」

覗き込むように聞く彼に、目線を合わせることができなかった。不貞腐れたような顔の逸らし方をして、わたしはぽそりと「一緒にいてほしい」とだけ絞り出す。
彼の手によって、熱に浮かされた頭が額から、頬から冷やされていく。

満足げに笑った彼が、ベッドに腰をかけてわたしの手を握った。
ひんやりするけれど、あったかい。
自分の体温であったまった布団の中よりも、きゅっとわたしの手を取る彼の手の方が何倍もぬくくて泣きそうになる。

隠すように、パジャマ洗っといたよ、と言うわたしに返事をするように、電子レンジが甲高く任務終了の合図を発した。




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体調崩しまくり。皆様ご自愛を。

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