嫌いなものの役割
最近キモい虫が夢によく出てきます。
木に囲まれた場所で、抜けようとするには大量の蜘蛛の巣をその身で割かなければならない状態だったり、
めちゃくちゃ狭く汚い場所で縦横無尽に飛ぶ羽虫や壁面を這う毛虫とかを尻目に閉じ込められたりとか...
今日もなぜか小さい水溜まりで熟成された腐った水の中にあらゆるキモ生物たちが蠢いてそこに入らなければならないみたいな地獄を、目が覚めるまで味わってきました。
大抵の人がそうなように、僕も虫が苦手です。
中でも蛾は全宇宙で最も苦手とする生物で、最近では少しだけマシになりましたがわりと数年前くらいまでは鱗翅類恐怖症レベルでダメでした。
数ヶ月前、自宅の網戸の外側に大きなスズメガが止まっていた時は、決して中に入ってこないとわかっていながら足の竦みが一日中止まらなかったし、おそらく蛾のフィギュア使ってドッキリでもされた日にはあらゆる社会的地位を放り投げてまで仕掛け人の生命活動を停止させようとするほどには無理です😂
生物以外でも考え方とか、音楽のジャンルとか、料理とか、人間生きていれば合うものと合わないものあると思うんですが、
僕は前まで"自分に合わないな"、"好きじゃないな"となったものに関してはその後シャットアウトに近い形で、死ぬまで一切の五感や思考をそのもののために使うことを無くすタイプでした。本当に引くほど"一切"です。
あるアーティストのアルバムを聞いてて、3曲目が好きで他は微妙だったらそれだけずっと聞き、それ以外の曲を「久しぶりにまた聞いてみようか」なんて絶対思わない、みたいな感じ。
これは"嫌悪レベルがすごいから"というわけではなく、自分に合わないとわかったものはその後全く触れないというルールにすることで、今後それに出くわしてもどうするか考えなくて済むからです。
でも最近変わって、合わないなと思うものも意識して触れるようになりました。
例えば好きじゃなかったジャンルの音楽も、目に入ったら一応さわりは聞くようにしてます。
理由は、嫌いなものの中からの方が本質的に良い物を見つけやすいからです。
「ロックはあんまり好きじゃないんだけどこの曲は好き」
「ファンタジーものあんまり読まないけどこれは好き」
みたいなケースを想像するとわかりやすいかと思うんですが、
嫌いなジャンルのものは「好きなもの補正」がない状態で、むしろマイナス方向にバイアスがかかった状態でジャッジされるので、
「嫌いなジャンルなのに好き→バイアスを超えて本質的な良さがある」みたいなのが発見しやすい、みたいな。
なので、バンドマンとして表現する側の立場としても、
例えば
・ラップってそんなに好きじゃない
・ギターうるさい曲は敬遠する
・バンドサウンドはガチャガチャしててよくわからない
みたいな人にも、「でもOne Eye Closedは聞けるわ」とか、
もっと言うと「でもあいつらは好き」みたいに言ってもらえるような、
バイアスを超越する"本質的な魅力"を感じさせられたらいいな〜と思ったりしてます💪
ちなみに今のところ蛾の中の本質的な魅力は一切見つけられてません。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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