見出し画像

20220504_おばあちゃん先生

はぁ〜気分良い良い〜


今日、超ひさびさにピアノレンタルスタジオへ行ってピアノの練習をしてきた。昨日予約したのだが、行ってなさすぎて会員の有効期限が切れていたらしい。でも無事に場所も借りて、会員の更新もして、午後にピアノを久しぶりに弾いた。やっぱり、最初はちょっと指が固いような感じだったけど、しばらくしたら思い出してきた。やっぱり、指は覚えている。頭では若干忘れかけているけど、本当にしばらくしたら最後に練習した時のレベルくらいのことは思い出したような気がする。確か最後に練習した時にはバッハのパルティータ第4番 2楽章アルマンドのワンフレーズをゆっくりぎりぎりで弾けるくらいのレベルだったけど、今日弾いてみたらそこから劣ることもなく、その時のスタートで練習することができた。これには自分でもびっくりした。まだすらすら弾けるまでは至っていないけど、頑張ればなんとか弾ける、ワンフレーズ、練習していくうちに「忘れないうちにやり続けたい・・・!」「今日この後、またスタジオ借りてしまおうか・・・!」とはやる気持ちが抑えられなくなったけど、前回ずっと弾きすぎたせいで手指が痛くなったことを思い出して、踏みとどまった。冷静になれた自分、えらい。


「おばあちゃん先生とピアノ」

書きたいことメモにあったしちょうどよかったのでこのことについて書く。小学校1年生〜3年生の期間、ピアノ教室に通っていた。そこのピアノ教室は先生の自宅がレッスン場。家から歩いて5分くらいのところにあった。教わったのはもう30年近く前だけど、このとき教わった先生はやさしいおばあちゃん先生だった。レッスン場はおうちの居間のようなところで、大きめの窓から小さな庭が見え、陽の光が差し込んでいた。部屋の真ん中にあるテーブル。その上のボウルにはいつも「ミルクの国」と「駄菓子屋さんのあめ玉」がたくさん入っていた。レッスン終わったら持っていっていいルールだった。私はこのあめがどっちも好きだった。

先生に教わっている時の様子は、ほとんどうろ覚えだけど、嫌な思い出は一つもない。むしろ楽しかったと思う。小さい頃から感情の起伏が乏しく、ぽつぽつと話す子で、自己主張や自分の欲求がもともと薄い子であったが、ピアノは黙々とやっていたようである。覚えていることがあるとすると、私は鍵盤の位置を音を聴きながら確かめていたらしく「音で聞かないで、指で覚えて」というようなことを言われていた。ピアノの発表会などもやって、人並みに上達していった。でも3年生の時にやめてしまった。引っ越すことになったからだ。あとから母から聞いたが、先生には「ぜひピアノを続けてください」と言われていたそうだ。確かに、もっと難しい曲やいろんな曲を弾けるようになる伸び盛りだったからかもしれない。でも、引っ越した後は最初に引っ越した場所は1ヶ月くらいしか生活せず、今度は父の実家、私の祖母の家(種子島)に引っ越して住むことになった。種子島では当時家の近くでピアノのレッスンをやってるところがなかったことと、多分私がピアノ本当は続けたかったんだろうけど、自分のそういう内なる思いに疎かったというか、自分の意思がごくごく弱かったこともあって、「ピアノやりたい!」と周りに強く訴えなかったことから、結局引越し先でピアノを教わることはなかった。でも、学校にはピアノがあるので、ちょっと遊びで覚えてる曲を少し弾いたりはしていた・・・・気がする・・・がほとんどやってなかっただろう。

そこから1年後、また引っ越すことになるのだが、なんと前に住んでた場所とほぼ一緒、同じ学区・同じ学校で通うことになった。つまり引っ越す前の環境とほぼ変わらない生活に戻ることになった。その時に、母親から「またピアノやる?おばあちゃん先生のところまたいく?」と聞いてきた。

私はその時、ピアノをまたやれるという嬉しさを感じながら、同時に、お別れしたのにまた戻ってきたということにとてつもなく恥ずかしさを感じていた。学校の友達と会うのも恥ずかしいのに、ましてや先生に会うのはもっと恥ずかしい、そう思ったのかもしれない。私はうまく答えられず、「いいよ、やらない」と母に言った。そこからピアノ教室に通うことはなく、おばあちゃん先生にも一度も会ってない。


過去のことを後悔することは私はほとんどないのだが、1つだけあるとしたらこのことだ。あの時「ピアノ続けたい」と言っていたら、頭の柔らかい幼少期にピアノの技術をぐんぐん習得してもっと上手く弾けてただろうなと思う。先生にも「ぜひ続けてほしい」と言われていたのに、ここでやめてしまったことはただただもったいないと思っている。でも、もしかしてあの時続けていたら、今みたいにまたピアノやりたいなんて思わなかったかもしれない。あれからかなり時は経ってしまったけど、でも、かろうじて今も「続けて」いると言えるのかもしれない。


おばあちゃん先生はまだご存命だろうか。どちらにせよ、あの時教わったピアノが、今も私の身体に残っていて、気持ちを豊かにしてくれていることを伝えたい。ピアノの楽しさを教えてくれて、どうもありがとう。


2022/05/04  15:30

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?