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苦手克服

昔から歯を見せて笑うことが苦手だった。私の歯は茶渋のような、汚れのような色味が入っており、今まで言われたことのある表現を借りると、虫歯みたい、たばこのヤニみたいといった印象らしい。

大人になる過程で、付き合う人が増えていく。進学したり、社会に出たりすれば、多くの人に出会う。いろいろなコミュニティで友人と呼べるような人たちもできた。そんな友人たちから「歯に何かついてるよ?」と指摘されることがある。彼らの親切心とわかりつつも、口を噤んでしまう。自分でも何と言いえばいいか分からなくなるのだ。
とりあえず、その場を凌ぐために「あ、昔から歯の色が変なんだよねー。へへー。気にしないでー。」と明るく言ってみるが、毎回その場の空気は気まずくなる。何度経験してもこの微妙な空気は慣れない。

結局、コンプレックスは自分で何とかするしかなかった。思いついた方法はできるだけ歯が見えないように生活することだった。歯をできるだけ見せないように生活するのは、普通の人は難しいと思うが、慣れてしまえばどうってことないし、自然とできるようになった。笑うときには手でを口をおさえて笑うし、なるべく歯が見えない話し方も鏡で練習した。インフルエンザの季節や花粉症の季節にはちょっと早めにマスクをつけてちょっと遅めにマスクを外すようになった。マスクで口元が隠れると、歯のことを意識しなくてもいいから気持ちが楽だった。

これだけ歯を見せずに生きてきたのだが、あるきっかけで肩の荷が下りた。
それは相方と遊園地へ行ったときの出来事だった。

運園地には様々なアトラクションやテーマ毎のエリアがあり、それにちなんだオブジェと写真撮影ができる。私達も記念撮影ができるところを周り、いくつか写真を撮ってもらった。写真はいい。
列に並び、間もなくすると、順番が回ってきた。2人並んでポーズを取った。

すると、係の人が明るい声で「はーい、笑ってください!歯が見えるまで思いっきり笑うまでシャッター押しませんよー!」と言うのである。

え、ちょっと待てくれ。なに、その条件。早く撮ってくれよ。後ろも人並んでるじゃん。必死に歯を見せず、ハハッと薄めに笑った。
「この笑顔で限界なのよ。ほら、もう勘弁してよ。」と、念を送った。

しかし、「あれー?楽しくないんですかー?もっと楽しみましょう!はーい、撮りますよー!」とワントーン声を上げて私に笑顔を求めてきた。後ろには撮影のための行列ができているし、私の笑顔問題で時間をかけては迷惑をかけてしまうと思い、追い込まれた。ある意味もう笑える状況ではなかった。

追い込まれた私は、もういい、どうにでもなれ!と思い、歯を出して笑った。

瞬間、シャッターの音がした。

「最高の笑顔撮れましたー!この後も楽しんできださいねー!写真は出口で確認できますよー!」

相方と2人でできあがった写真を見た。
「なんか、歯出して笑ってるの珍しいね。全然いい感じじゃん。」と相方が言った。たしかに、自分でも良いなと思った。それは写真の顔がというより、今まで隠してたものを堂々としても案外平気だと思ったからだ。

全く予想外のタイミングで視界の外から殴られた。無理やり扉をこじ開けられた。しかし、扉の奥には何もなかった。あれ?そういえば、なんで気にしてたんだっけ?

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