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火のないところに

授業が終わり、大学にある喫煙所でぼんやりと煙草に火をつけた。
下書きのままになっているLINEを読みながら、煙草を吸っていると、LINEグループに連絡がきた。

T:今日の夜は鍋パーティーね!二人とも遅れるなよ!
R:オッケー!私、お父さんが実家から送ってくれたお酒持ってくね!
俺:りょうかーい。強い酒持ってくんな。トラウマがよみがえる(笑)

Tとは高校の時に通っていた塾で友達になった。志望校が同じだったこともあり、仲良くなった。晴れてこの春から同じ大学に通っている。Rとは大学のクラスで知り合った。なぜ声をかけてくれたのか分からないけど、俺が一人でいる時に彼女の方から声をかけられたのがきっかけだった。それから俺が二人をつなぐ形で仲良くなった。毎日三人で授業を受け、夜は安い居酒屋で取り留めのない話をして盛り上がった。

この日俺たち三人はTの家で鍋パーティーを計画していた。その日はRの誕生日で、以前からTと俺でRをお祝いするための準備を進めていた。

Tがサプライズの準備をする時間を稼ぐために、学校終わりにRと2人で待ち合わせをしていた。短くなった煙草の火を消したところで、Rが喫煙所の前でこちらを見ていることに気付いた。

「あ、やっぱり、ここにいた!もう一本付き合ってよ。」といつもの調子で話しかけてきた。Rはバッグから取り出した細い煙草を吸い始めた。俺も付き合ってもう一本吸い始めた。
Rとは音楽や映画の好みが合ったため、よく二人で出かけることもあった。俺は彼女のことが気になっていたが、俺たち三人の友情があると心のどこかで線を引き、気のないふりをしていた。

来週公開される映画の話で盛り上がり、煙草が短くなったところで火を消し、駅向かった。
帰宅する学生で電車の中は少し混雑していた。初夏の車内は湿度が高く、息苦しかった。さっき喫煙所で嗅いだ煙草の香りがして、俺とRの距離が近いことを教えてくれた。Rが小声で話しかけてきた。
「そういえば、最初に私が声かけた理由って話したっけ?」
「いや、聞いたことないな。言われてみれば、仲良くなったきっかけってお前から話しかけてきたからだよな?」
「うん、話したいなーって思ったからだよ。ふふっ。」
「笑って誤魔化すなよー。理由は何なの?」
「ううん、誤魔化してないよ。ふふっ。」
意味深な返答をされた。気になってもう少し聞きたいと思った矢先に目的の駅に着いてしまった。改札の外へ出るとTがすでに到着していた。Tがいる手前、電車内の会話の続きを始めるのは違うと思い、それ以上は詮索しなかった。

家までの道中はRとTが二人並んで前を歩き、その後ろを俺が歩く格好になった。俺は頭の中で、さっきの会話を思い出していた。Rが俺らに声をかけた理由って、一体何だったのだろう。まさか、俺のことが気になって話しかけてきたとか?そういうこと?急に胸の鼓動を感じた。

「何、ぼーっとしてんだよ。もう着いたぞ!」
気が付いた時にはTの家に着いていた。Tがすでに準備してくれていたようで、家に着くとすぐにパーティーを始めた。Tは意外とマメで気が利くやつだ。
「それじゃ、今日は誕生日おめでとー!」
「おめでとー!かんぱーい!」
「二人ともありがとう!」

まずは乾杯をして、それからプレゼントを渡した。プレゼントは趣味のイラストに使えるペンタブを送った。
「これ、欲しかったやつだ!ありがとう!」
「俺らの似顔絵も書いてくれよな!」

楽しい時間はあっという間に過ぎていった。一時間ほど経ったところで、早々から飲みすぎてしまった俺は一回、外の空気を吸うことにした。
「ちょっと酔い覚ましにコンビニ行ってくるわ。煙草も吸いたいし。」
「あ、待って!私も行く!煙草切れちゃったの。」
Rが付いてくることになった。

コンビニへ行く途中、意識をしていたわけではないが、無言のまま歩いた。この時俺は、少し焦っていたのか、お酒の勢いだったのか分からないけど、Rの気持ちを確認したいという考えで頭がいっぱいになっていた。

コンビニを出て、Rは煙草に火をつけると沈黙を破った。
「あのさ、実は、今朝、Tから好きって言われた。付き合ってほしいって言われたからOKした。私、決めてたの。二人と仲良くなったら、きっとどちらかに告白されるだろうなって思って、そしたら先に告白してくれた方と付き合おうって決めてたの。」

そこから先の会話はあまり覚えていない。ただ、湧きあがってしまったこの感情を抑えることができず、行き場をなくしてしまった。
まだ俺の煙草には火がついていなかった。

その後、サークルやゼミが忙しくなり、自然と三人で集まる機会も減っていった。そして二人と連絡を取らなくなった。しばらくして、二人が別れたらしいという噂を他の友達から聞いたが、その時はもうRに連絡しようとは思わなかった。

大学を卒業し、あれから数年経ったが、今も同じ煙草を吸っている。たまに喫煙所であの細い煙草を見ると思い出してしまう。
もっと早く下書きにしていたLINEを送っていれば、俺が先だったかもな。

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