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なぜ多くの日本人がそこに居住し、玉砕・集団自決の悲劇が生まれたのか──井上亮『忘れられた島々 「南洋群島」の現代史』

太平洋戦争に敗れるまで日本の委任統治領、事実上の領土となっていた南洋群島。天皇、皇后のパラオ共和国への慰霊訪問やペリリュー島等の死闘も大きく話題となりました。この南洋群島で「なぜ太平洋の島々で日本は戦ったのか。なぜ多くの日本人がそこに居住し、玉砕・集団自決の悲劇が生まれたのか」を追求した力作です。

第1次世界大戦の戦勝国として、旧ドイツ領の南洋群島を委任統治領とした日本、その後のドイツとの同盟でそれらの島々は事実上、日本の領土となりました。そして日本から多くの人びとが移民していくことになったのです、あたかも北の満洲へ国策として多くの国民が移住していったように。ちなみに軍隊でなぞらえれば、満洲は陸軍、南洋諸島は海軍の管轄下でした。

この南洋群島がどのような歴史をたどってきたのか。また日本の実効支配はどのようなものであったのか。その地へ移民した「六割が沖縄県人で、南洋での玉砕・集団自決が沖縄戦の前哨戦であったことも意外なほど知られていない」のです。

かつてスペイン、イギリス、ドイツに支配されていた南洋群島は原住民を人間扱いせず苛烈な統治を行っていました。(スペイン領は後にドイツへ売却されました)そして始められた日本の委任統治政策はというと、かつてのヨーロッパ諸国の原住民対策よりは大部ましとはいえ、やはり「二等国民」「三等国民」という差別政策が行われていました。

一方、委任統治下ということもあり戦略上重要な地域(海の生命線)でありながら軍事基地化は遅れていたのです。これが後の玉砕、集団自決という悲劇の遠因の一つにもなったのです。この集団自決はまた日本の〝皇民化政策〟や『軍人勅諭』の延長で行われた日本軍のプロパガンダがもたらしたものでもあります。

太平洋戦争で日本の劣勢が明らかになったなかサイパンの戦闘が行われました。この「サイパンの戦いこそ住民を巻き込んだ最初の地上戦」でした。そこには国力の差もさることながら、政府が国民にどのような政策を行っていたのか、政府(=軍部)の戦略や戦争観がはっきり窺えるものとなっていました。
井上さんはこう記しています。
「南洋群島で玉砕戦に巻き込まれた命を落とした民間の日本人は約一万五〇〇〇人といわれており、ほとんどがサイパン、テニアンの戦いでの死者(約一万三五〇〇人)である。全体の死者のうち八五パーセントにあたる約一万三〇〇〇人が沖縄県出身者であった」そうです。まさしく「南洋群島の戦いは被害の実態を見れば沖縄戦である。沖縄県人は沖縄戦をふくめて二度「防波堤」としての戦いで犠牲になった」のです。

この南洋群島の戦闘はアメリカに新しい軍隊を創出させました。海兵隊です。「陸軍なのか海軍なのか」あいまいだった海兵隊に新たな役割、「島への上陸作戦であり、海上兵力と陸上兵力が融合した「水陸両用作戦」」を担う戦力と位置づけられたのです。太平洋戦争は航空機という時代を生み出しましたが、アメリカはそれ加えて、島嶼戦闘の中で海兵隊を作り上げていったのです。それが今、沖縄に駐屯しているというのには歴史の皮肉すら感じられます。

敗戦後、南洋群島はどうなったのでしょうか。
アメリカ占領下では「軍事的防波堤であり、有事の場合はまたも捨て石にされる可能性が高かった」この地で、悪名高い「ズー・セオリー」(動物園政策)が敷かれたのです。
「日本人はミクロネシアの人々を「三等国民」として差別したが、アメリカは「動物」として扱った。餌代の見返りが核実験、ミサイル実験だった。国内では無人の砂漠地帯で行ってきた核実験を人が生活している場でお構いなしに実験した。アメリカにとって南洋の島々は「無主無人の地」であった。アメリカのほかにイギリス、フランスも太平洋島嶼地域で核実験を行った。欧米のミクロネシア観は一九世紀以前とほとんど変わっていなかったといえる」

もちろん日本の統治の方がまだましだったという相対評価をするものではないと思います。南洋=楽園というイメージ、また親日というイメージがどこから生まれてきたのか、そこにいたるまでに日本はなにをしてきたのか……。その地で目ざしたものはなんだったのか、さらに多くの民間人の犠牲と民間人を利用した日本軍の実態を明らかにしています。今まで知られることの少なかった事実が語られています。

書誌:
書 名 忘れられた島々  「南洋群島」の現代史
著 者 井上亮
出版社 平凡社
初 版 2015年8月11日
レビュアー近況:週末からの街のハロウィン感、半端ナイですね。去年は酔い潰れたディズニーヒロインを沢山目撃しましたが、健全なキャラクターに扮する責任は果たして欲しいと思います。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.26
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4335

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