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日本に現れた〝劣化〟と〝形骸化〟の実態──一色清 姜尚中他『日本の大問題 「10年後」を考える──「本と新聞の大学」講義録』

〝劣化〟これが今の日本のいたることことに見られ、宿痾となっているのではないでしょうか。この〝劣化〟が政治の世界で顕著にあらわれたのが今回の安保法制です。〝劣化〟は政治だけではありません。

「グローバル化(資本移動自由化)を背景とした社会の空洞化で、人々が〈感情の劣化〉を被った結果、どんな制度やシステムを作っても社会が回らないことが、はっきりしてきたからです」(宮台さん)
「三・一一以降、絆ブームが起こりました。(略)しかしナンセンスです。なぜか。そこで流布された言説が「いざという時、自分が助かるための道具こそ絆だ」という発想だからです。(略)絆は、手段でなく、目的です。「自分が犠牲になっても助けたいと思う人がいること」が絆です。そう思う人がいないのに、人が自分を、自らを犠牲にして助けてくれると期待している時点で、終わっています」
そしてそこで現れてきたものこそが「人々を〈感情のフック〉で釣って大量動員する政治
」の実態なのです。

ここに圧倒的に不足しているものは知性です。「反知性主義との戦い」(佐藤さん)こそが今必要なことなのです。「そこでは「絆」であるとか「気合い」であるとか、きわめて抽象的な言葉が中心になっている。そして、具体性や実証性のないところで政策運営がなされるわけです」(佐藤さん)
そして「〈感情の政治〉つまりポピュリズムが横行する」(宮台さん)事態に陥っているのが今の日本の姿です。

この〈感情の政治〉にドライブを駆けているのが拡大する格差、不平等社会、日本の姿だと思います。
「賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるに由りて出来るものなり」という福沢諭吉の言葉が正しいとしても、一部の富裕層に、より教育のチャンスがあるのも確かなことだと思います。政治が家業化されると同様に、教育を得る権利も家業化されているようにすら思えます。奨学金制度の実態を知るにつれてもそう感じてしまいます。

日本の今後を考えてみると「暗い見通ししか思い浮かばないかもしれない」という姜さんの言葉が重くのしかかってきます。
「命や教育など本来は商品にしてはならないものを商品にしてしまったアメリカ」、それは「豊かな一パーセントとそれ以外の九九パーセントにアメリカが二極化され、中流が消滅しつつある中、まともに暮らせない人口が拡大している」(堤さん)姿でもあります。その「アメリカの上位一パーセントの業界が」狙っているのが「日本の医療保険市場」だと堤さんは警鐘を鳴らしています。グローバリズムとはいうものの、それはある面ではアメリカン・スタンダードでしかないとも思えるのです。

「自分が弱者になった時に安心できる社会を作る」(上野さん)ためにも反知性主義を退けられる知性が必要なのではないでしょうか。
「この三○年ほどの間に「社会」という言葉が輝きを失ったのではないかと感じています」(姜さん)
その輝きを取り戻すのには何が必要なのでしょうか。一つは民主主義の再建です。
「政治は本来、経済システムを改善していく力を持っているはずなのですけれども、今や政治は、システムの自己保存を図るために動員される、いわばサーバントになってしまっています。(略)民主主義に基づく議論やプロセスを全て省いて、効率よく物事を決めていく傾向が広がっている。(略)政治が管理になっているのです。それはいずれ、民主主義の形骸化をもたらすことになるでしょう」(姜さん)

そして今、私たちは形骸化の過程に入っています。
私たちに必要なことはなんなのでしょうか。
「可能なことだけ可能ならいいじゃないかというシニカルな肯定の先に、本当は、可能なことすら不可能だという落とし穴」(大澤さん)に落ちないためにも、なにより自分で考える力が必要なのだと思います。効率という耳障りのいい言葉に足下をすくわれないためにもそれが必要なのだと思わせてくれた1冊でした。

書誌:
書 名 日本の大問題 「10年後」を考える──「本と新聞の大学」講義録
著 者 一色清 姜尚中 佐藤優 上昌広 堤未果 宮台真司 大澤真幸 上野千鶴子
出版社 集英社
初 版 2015年7月22日
レビュアー近況:散髪してもらいながらサッカーのハナシをしていたのですが、理容椅子でウトウト寝てしまい、危うく山口蛍選手のような髪型にされる寸前に目を覚ましました。既の所でのスーパーセーブ、危機察知の嗅覚だけは、野中も代表クラスです。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.09
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4234

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