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「カエシテ」 第27話

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 携帯のない暮らしは退屈との闘いだった。出勤中も休憩中もすることはなく、手持無沙汰となっていた。中でも、部屋にいる時は苦痛だった。テレビもパソコンもタブレットも所有していないため、ひたすら過去に大人買いした漫画を読み漁っていた。
「本当に退屈ね。携帯がないと。昔の人って、どうやって生きていたのかしら。本当に不思議だわ」
 漫画を読みながらも純は疑問に思った。現代人はそれほど携帯に依存しているということだ。それでも純は、自分が生き残るためだと言い聞かせ退屈に耐えていた。
 この日も退屈と戦いながら出勤した。満員電車だけで気が滅入るが、退屈も加わったことで出勤だけですっかり疲弊してしまった。
「あれっ、今日は加瀬さんは休みなんですか」
 が、始業の時間になっても加瀬の姿がなかったことに気づき由里に聞いた。加瀨が不在となると、陣内から仕事を振られる可能性もある。純からすれば、それはもっとも避けたいことだった。退屈から来る疲れはすっかり吹き飛んでいた。
「そうか。昨日、純は休みだったものね」
 純の顔を見ると、由里は合点がいったとばかりに頷き説明していった。昨日話し合いが行われ、加瀬は取材で新潟に行ったことを教えてあげた。
「新潟ですか。いいですね」
 話を聞くと純は呟いた。
 だが、これは取材先の新潟が羨ましいわけではない。このオフィスにいなくていいことが羨ましかったのだ。
「うん、ライターの特権だからね。取材でいろいろなところに行けるのは。私たちのような事務担当の人間には行けないからね」
 全てを察しているらしく、由里は舌を出した。
「そうですね」
 苦笑いして返すと、純はなるべく目立たないようにこの日の仕事に取り掛かった。まずは読者からのメールのチェックだ。心霊写真を送ってくる人がいるため、画像をチェックしていった。
(新潟か)
 ただし、頭の中は加瀨が取材に行った新潟で占められていた。純はインドア派だ。友人もそれほどいない。休日は大抵、部屋で一人で過ごしている。当然、旅行に興味はない。訪れたことのある県と言えば、地元の長野と現在住んでいる東京くらいのものだ。学生時代の修学旅行で京都や奈良や沖縄を訪れたこともあったが、ほとんど記憶になかった。だが、この日は新潟という地名がやたらと引っ掛かった。
(そう言えば、新潟ってここから結構離れているわよね)
 自ら引っ掛かる原因を探していく。
 すると、一つのアイデアを閃いた。
「すいません。編集長。私も新潟に行きたいんですけど、いいですか」
 純は立ち上がり、拘わりたくないはずの陣内に志願した。
「おい、どうしたんだ。いきなり」
 突然のことに陣内は笑っている。
「えぇ、そうなんですけどね。実は、私は最近、ライターの仕事に興味を持つようになっているんです。自分の考えだした文章で人を感動させたり、怖がらせたりできることって素敵だと思うので。自分なりに勉強したいなと考えていたところなんです。加瀬さんと一緒に取材で回れるのであれば、私にとっても何かしらの勉強になると思いますし。駄目ですかね」
 純は熱い思いを告げていく。
「そうなのか。それは知らなかったな」
 頼もしそうな目を向けながら陣内は顎をさすっている。
「まぁ、うちはライターが加瀬一人しかいないからな。もう一人担当者が増えるのであれば助かるよ。加瀬の負担も減るだろうし」
 口からは理想的な言葉が出る。
「わかった。なら、あいつに話してみるよ。そこであいつがいいと言えば行ってこい。勉強になると思うから」
「ありがとうございます」
 純は頭を下げた。まだ加瀬の返事は聞いていなかったが、彼女には確信があった。以前、加瀬と話した際、仕事の相談はいつでも乗ると言われていたのだ。仕事にそれほど興味がなかったため、当時は聞き流していたが、あの様子だときっとライターになりたいと聞けば、力になってくれるはずだ。
(早く新潟に行きたいわ)
 純の気持ちはすでに新潟に飛んでいた。


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