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「カエシテ」 第13話

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 会社の人間は全面フォローを約束してくれたが、福沢の不安が尽きることはなかった。
(みんな力になるとは言ってくれたけど、それは仕事中だけだもんな。それ以外は一人だよ。この一人の時間が怖いんだよな。俺からすれば)
 完全に自分の撒いた種だったが、不安から思考は身勝手な方向に向かっていく。期限が刻一刻と迫って行くに従い、不安は膨れ上がっていくばかりだ。
 今では、出勤退勤時は常に周囲に神経を注いでいる。誰かが大声を上げたり、少しでも物音が上がれば飛び上がって驚いているほどだ。悪いことに、福沢の勤務地は一日何十万人もの人が利用すると言われている新宿にある。通勤するだけで何万人もの人とすれ違うことになるため、人一倍、神経を疲弊させていた。以前は百キロを超えていた体重も、今では十キロ以上減っていた。加えて、いつ襲ってくるかわからない恐怖と闘っていることで、睡眠はほとんど取れていない。顔はやつれ、目の下にはクマができている。顔色も悪く、まるでゾンビのようだ。後先考えることなく取った軽率な行動により、福沢は着実に追い込まれていた。
 この日も周囲を異様に気にしながら何とかアパートに帰ってきた。部屋に入ると、すぐに鍵を閉める。ワンルームで家賃五万円の安アパートだ。素早く室内をチェックしたが誰もいない。
(あと二日か。早く過ぎてくれないかな。俺はもうおかしくなりそうだよ。こんな日が続いていたら)
 部屋に入った福沢はこの日も食事を取ることなく、布団に入った。目は、壁に掛けられたカレンダーへ向く。カレンダーには、画像を見た日から×印が付いている。この日で五個だ。
 話通りに行けば、あと二個×を書き込むことが出来れば助かることになる。陣内が言うように笑い話にすることが出来るのだ。
(何とか、そうなってくれよ。そのためであれば、俺は何でもするから。頼むよ)
 誰にともなく、福沢は祈った。
 と、その直後だった。
 静寂が支配していた室内に音が鳴り響いた。
 携帯だ。
 決して大きな音ではなかったが、今の福沢は飛び上がって驚いた。
(まさか、あの女からの電話か)
 脳内は不安で埋まる。液晶を確認しようとしたが、身動きは取れない。恐怖で金縛りに遭っている。もしもあの画像が関係しているのであれば、この後はどうなるのか。福沢はそこまで知らなかった。
 だが、しばらく息を殺していても何かが起こることはない。室内は静まり返ったままだ。
(大丈夫かな)
 着信から十分が過ぎた頃になって、福沢はようやく携帯をチェックする勇気を持った。
 恐る恐る手にしてみると、正体は友人だった。LINEが届いていた。
(何だよ。あいつかよ。驚かせやがって。こんな時に連絡してくるなって言うんだよ。ビックリするじゃないかよ)
 相手を知ったことで、福沢は八つ当たりした。苦笑いしながら、届いたLINEを確認していく。

 いよいよ明日だな。
 会えることを楽しみにしているよ。

 内容はそれだけだった。
(そうか。明日だったか。すっかり忘れていたよ。こんな事に気を取られていたから)
 本文を読んだことで福沢は思い出した。三ヶ月ほど前に、学生時代に入っていたラグビー部の仲間から同窓会開催の案内状が届いていたのだ。当時の福沢には悩みなど何もなかったため、即座に参加を表明していた。その開催日が明日だったのだ。
(どうするかな。こんな状況だけど)
 今までは心待ちにしていた同窓会だったが、今の彼にとっては重荷でしかなかった。休日は部屋でおとなしくしていようと決めていたのだ。もし外出すれば、いつあの画像による恐怖が襲い掛かってくるかわからない。
(だけど、あいつらにも会いたいしな。もう何年も会っていないから)
 だが、学生時代を思い返すと未練が生まれてくる。学生時代、福沢はラグビーに情熱を注いでいた。同窓会で会う仲間も皆、同じだ。苦楽を共にし、数々の栄光を手にしてきた。今回の同窓会は、そのメンバーが一堂に会す場だ。今回を逃したら、いつこのメンバーで会えるかわからない。同窓会はそれほど特別な場なのだ。
(くそっ、どうすればいいんだよ。あんな話なんかに触れなければ、こんな迷いと闘うこともなかったのに)
 後悔から福沢は悔し涙を流した。それは、ラグビー部で自分のミスにより敗れた試合後に流して以来、久し振りに流した悔し涙だった。


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