「カエシテ」 第30話
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平日と言うこともあり、ホテルは空いていた。飛び込みだったものの、加瀨は無事、部屋を取ることが出来た。シングルで右側にベッドが置かれ、左側にテレビ。手前にトイレがある。
部屋に入った加瀨はベッドに腰掛けると、すぐに携帯を手にした。調査報告だ。電話を掛けると、すぐに陣内は出た。
「新潟まで来た甲斐がありましたよ」
加瀨は早速、病院で聞いた男のことを話していった。
「そんな男がいたのか。犯人の裏には」
電話の向こうで陣内は驚きの声を上げている。
「この男に関しても調べてみますかね。もしかしたら、まだ何か出て来るかもしれないので」
反応が良かったことで加瀨は聞いてみた。
「いやっ、いい。その男を追う必要はないだろ」
だが、陣内はあっさり切り捨てた。
「いいんですか」
加瀨は拍子抜けした。てっきり追うよう指示が出ると思っていたのだ。
「あぁ、いいよ。俺達が追っているのは事件の背景じゃないからな。画像を手にした人が死ぬという謎なんだから。この謎と男は無関係だろ。この手の話を追いかけるのは、S社みたいな三流新聞社か週刊誌だけだよ。うちがやることじゃない。そんなことしたって、会社の看板に傷が付くだけだからな」
そう言われて初めて、男に関してはゴシップにしかならないと加瀨は気付いた。無意識の内に好奇心を刺激されていたようだ。
「大体、その男の名前や特徴もわかっていないわけだろ。探すとなれば、相当時間が掛かるぞ。そもそも、その男は生きているのかもわからないんだから」
そこに陣内の説教が始まる。
「お前はもしかしたら、そいつを見つけて楓の墓前で謝罪させればこの騒動にけりが付くと思っているのかもしれないけどな。そんなことは小説や映画の世界だけだよ。現実世界じゃ何も変わらないよ」
「そうですね」
力なく加瀨は頷いた。あの画像により命を落とした人間に関して、決して全数を把握しているわけではない。従って、陣内が指摘するように亡くなっている可能性もあった。楓も存在を知っていたとなれば、むしろそっちの可能性の方が高かった。
「そうだろ。だから、その男を追っても意味はないよ。せっかく特ダネを得て有頂天になっているところ悪いけどな」
自分の考えが伝わったことで陣内は話を進めていく。
「だから明日は予定通り、楓の父親のところに行ってくれるか。きっと、そっちの方が有力な情報が入ってくるだろうから。ノートがあれば一番いいけどな」
「わかりました」
気を取り直して加瀨は頷いた。
「あと、一つお願いがあるんだけど、いいかな。明日の取材には純を同行してもらいたいんだ」
「えっ、純ですか」
突然受けた提案に驚き、加瀨は聞き返した。
「あぁ、今日いきなり私はライターを目指しているんです。なんて言いだしてな。自分も取材に行きたいって言うんだよ。見たところ、本気みたいだったからな。それならまぁ、オフィスにいるよりも取材に出した方がいいかと思ってな。実際に見聞きしたり触れたりしたものを自分の文章に変える難しさも教えてやれるし。今は丁度いいかなと思うんだよ」
「はい、それなら構いませんよ」
加瀨はあっさり頷いた。一人の方がフットワークは軽いが、二人であれば意見の交換が出来る。利点はあるはずだ。
「悪いな。なら、頼むわ」
話が済んだことで陣内は電話を切った。
加瀨も同じ行動を取ったが、直後に純に連絡を取った。そして、明日落ち合う場所などを話し合っていった。
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