見出し画像

社会が変われば、子どもは変わる

 何を今さら当たり前のことをと思うかもしれないが、『社会』の様子が変われば、『子ども』たちの様子は変わっていくと僕は思っている。
 ただ、『学校教育』の中では、それこそ100年以上同じようなことを繰り返している部分もあるし、求められる能力も同じようなベースで語られることが多い。
 例えば、「最近の子どもたちは…」みたいな話を『教育の世界』で僕は何度も耳にしてきた。
・文章を読めない子が増えた…
・運動能力が低下した…
・コミュニケーション能力が低下した…などなど
 これらは『子どもたちがサボった』とか『学校教育の質が下がった』といった何か一つに原因があるというよりは、『社会』が変わったことによるものが大きいと僕は思っている。
 

 今日は僕なりに『文章が読めない子(読解力が低い子)が増えた理由』について考察してみようと思う。
 ただし、これは完全に僕の感覚で物を言っているので何かの研究結果でも無ければ、科学的裏付けは無い。そういうものを信じないよという人は時間の無駄なので読まないことをオススメしたい。

僕の幼少期は…

 僕にも、今の子どもたちと同じように小学生・中学生時代があった。
 現在、34歳の僕の幼少期は、どんな『社会』だったのかを振り返ってみようと思う。
 僕の家族は、5人家族で、二つ上の兄、三つ下の妹、そして両親で暮らしていた。小学生時代の僕の『遊び』と言えば、家では『ゲーム・漫画・テレビ』外ではJリーグの開幕でサッカーが流行り、スラムダンクに影響されてバスケットが流行り、ミニ四駆(100%外に適していない)、かくれんぼ、ドッジボールなどなど、決して『勉強』に時間を掛けた生活は送ってはいなかった。
 こうして眺めると大して今と変わっていない気がするけれど、細かく分析していくと大違いの環境なのである。

 まず、家の中から分析してみよう。
 まず、『ゲーム』についてはめちゃめちゃよくやったが、うちにあったのは『ファミコンとスーパーファミコン』だけだった。別に十分楽しかったのだが、この二つのゲームは『テレビ』を使う。家庭に1台しか無い『テレビ』を長時間使えば、すぐに『親』からのストップがかかる。もっと言えば、兄妹の見たいテレビと重なれば確実に『ケンカ』になる訳だ。
 『テレビ』はというと、まぁまぁ学校の友だちがみんな見ているような番組が多かった気がする。しかも、今のように同時録画なんて便利なものは存在しないし、ビデオテープ時代だったので、そんなにお手軽に見たい『テレビ』を録画できない。
 なので、ある意味見たいテレビに生活リズムを整えてもらっていた部分が大きかったように思う。見たいテレビの為に宿題をやったし、見たいテレビのために早めに風呂にも入っていたことだってある。
 外遊びに関しては、結構自由に過ごすことが出来た時代だ。
 もちろん、「あの家のおっちゃんはめっちゃ厳しいから気をつけろ!!」みたいな何となくの注意喚起は自分たちで行いつつもかなり遊びに『自由度』を持たせられる時代だった。
 放課後の時間に働いていない親もまだまだ多くて、大人がいるから『誰かの家で遊ぶ』ことなんかも多くあった。

僕は『漫画』に『読む力』をもらった

 こんな生活を送っていた僕だが、恐らく僕の『読む力』を鍛えたのは間違いなく『漫画』だと思っている。
 僕が小中学生の頃に読んでいた『漫画』をいくつか挙げてみると…
・ドラゴンボール
・幽遊白書
・スラムダンク
・るろうに剣心
・聖闘士星矢
・封神演義
・まじかる☆タルるートくん などなど…
 次々と『読みたい気持ちにさせる漫画』が現れていたし、その『文化』を得た僕は、『読むこと』で『話を理解する力』が高まったのではないかと思っている。
 もちろん、流行っていたということもあるかもしれないが、どの話も引き込まれるような内容で面白かったので『読みたい気持ち』にさせてくれていた。
 しかも、今のように便利なネットカフェやレンタルのサービスは無かったので、まとめて読むことは簡単には出来なかったし、次が気になってもすぐに知ることは出来なかった。今のようにネットで新作が違法アップロードされているようなことは無かったし、そもそもそれを悪気無く小学生が手を出せる時代では無かった。
 大好きな漫画を『読む』⇒友だちと共通の話題として『話す』⇒そこで仲良くなってより『読みたくなる』⇒もっとたくさん『話したくなる』このルーティンを繰り返すことで自然と『読む力』と『コミュニケーション能力』が高まったのではないかと感じている。

現代に注目すると…

 現代の子どもたちの『社会』はどうなっているのだろうと考えると面白い違いが見えてくる。
 多くの子どもたちの『娯楽』はインターネットを介している。その結果扱われる『情報量』は膨大になった。YouTubeやネットテレビ、HDに録りためたテレビ番組と価値が多様化したことによって友だちと『共通の話題』を見つけることが難しい。
 僕が、学校で働いていた時に、子どもたちと話していて気が付いたことがある。
 子どもたちは、僕が子どもの頃のように学校であまり『テレビ』のことを話さないのである。
 僕が子どもの頃、月曜日はそれこそ『ダウンタウンのごっつええ感じ』の話題で持ち切りだった。いくらPTAの見せたくないテレビ番組になろうがみんなそんなこと押しのけて見て来て、いかに再現度の高いキャラクターを演じられるかで『人気者』・『面白がられるヤツ』が出来上がっていった。
 僕が高学年を担任することが多かったせいもあるのだろうが、テレビ以外の話を聞くことが多かった。
 ある日、僕は高学年の子どもたちと給食中どんな『漫画』や『アニメ』をよく見るのか聞いてみたことがある。
 初めは、ドラゴンボール・ワンピース・ナルトなど、なるほどなぁ…と思う返答であったが、そこまで大多数の意見にはならなかった。
 そして、結構な人数が見ているものが以下のような番組だった。
・クレヨンしんちゃん
・ドラえもん
・妖怪ウォッチ
・ポケットモンスター
  これは、決してこれらの番組を否定しているわけではない。実際に僕もうちの子と一緒に見ることはあるが、結構楽しい。ただ、高学年の子どもたちがこぞって見るような内容かなぁ??と少し疑問に思った。
 また、『漫画』に関しては多数の子どもたちが共通して読んでいるような本がほとんど無かった。もはや、『漫画』は小学生の『娯楽』からは遠のいている印象さえ感じる。
 そして、僕なりに考察した多くの子たちが見ているテレビ番組の共通点を見出したところ『一話完結』『いつ見ても楽しめる』『安心出来る展開(水戸黄門的な設計)』が人気なのではないかと気が付いたのである。
 YouTubeや動画サイトも結構こういった設計になっているものが多く。色々な内容が矢継ぎ早に提供されるところに『楽しみを感じる子ども』たちが『社会』の影響で生まれているのである。
 決してこれが単なる『悪』だとは思っていない。『じっくり読むこと』を文化として持っていない『子ども』たちが『読解力が下がった』と論じられても当たり前のことだと僕は腑に落ちた。

だから、これからは…

 こういうことに気が付いた僕は、やはりシンプルに子どもたちに『学校にありふれた教材』を提供し続けても『読解力は育たない』と強く感じた。
 子どもは本当に正直だし、好奇心のかたまりのような子が多い。面白いものを少し転がしておけば一気に吸収するのが良さだと思う。
 ただ、今の子どもたちには『時間』が無い。価値が多様化したことは決して悪いことでは無く。楽しめる場所の数もたくさんになった良さがある。ただ、『読解力』はこれからの『社会』を生き抜く上では結構重要な『スキル』だとにらんでいる。
 親世代がハマっていた『漫画』を提供し、一緒になってストーリーを家族共有することから、『読解力』や『コミュニケーション力』の育成につなげてみることは僕はぜひオススメしたい。

このサポートは、家庭学習応援施設MyPlaceの運営に活かされます。日本を支える『教育』のサポートをぜひお願いします!!