見出し画像

Carrot -禁煙アプリ+呼気CO濃度測定器-

勝手にデジタル療法企業探訪、その③。

企業概略

企業名: Carrot Inc. (サンフランシスコ、アメリカ)
設立: 2015年
URL: https://carrot.co
対象疾患: ニコチン依存症(喫煙)
規制当局承認:
 Pivot app + breath sensor [FDA, K171408] [CE marked in 2020]

Carrotは、ニコチン依存症、つまり喫煙者に対して継続的な禁煙を促すデジタル療法を開発するアメリカの会社です。Pivotという名前の、スマートフォンにダウンロードする禁煙治療用アプリと、呼気の一酸化炭素(CO)を測定する呼気COチェッカーを組み合わせたシステムをデジタル療法(DTx)として提供しています。



背景

ニコチン依存症は、
喫煙を介して心血管疾患や各種がんを引き起こすことが広く知られており、
禁煙によりそれらの病気の発症を防ぐことが可能です。


しかし、ニコチン「依存症」と名前がついているとおり、
自力で禁煙を成功させる「自己禁煙」はしばしば容易でなく、
自己禁煙の成功率(長期)はアメリカでは現在でも10%に満たないとされています [MMWR Morb mortal Wkly Rep 2017, 65(52);1457–1464]。

(ちなみに日本における自己禁煙の成功率について信頼できそうなデータは見つけられなかったのですが、まことしやかに言われている「禁煙治療プログラムは自己禁煙に比較して3-4倍禁煙成功率が高い」を真に受ければ、1年程度の長期の自己禁煙率はやはり10-20%程度と推定されるのではないかと思います(私見)。)


そのため、禁煙をサポートするために、特にアメリカでは遠隔で禁煙をサポートするサービスがいくつも展開されています。

・QuitLine: 禁煙コーチ(オペレーター)との電話を介した禁煙プログラム。
       2004年より米国疾病予防センター(CDC)/米国国立がん研究所(NCI)
                   が中心になり各州で展開。

https://www.cdc.gov/tobacco/features/quitlines/index.html

・Smokefree.gov: 禁煙に関する各種情報サイト。ここから派生して…
  ①SmokefreeTXT: SMSテキストメッセージを用いた禁煙プログラム
  ②SmokefreeApp: スマホアプリを用いた禁煙プログラム。
            現在はQuiteGuideとquitStartの2種類が公開されている。

https://smokefree.gov

これらは現在でも運用がなされ、
いずれもその臨床的な禁煙への効果が示されています。
このような禁煙サポート・コーチングは遠隔医療ととても相性が良く、
新型コロナウイルス感染症の蔓延もあいまって、
遠隔での禁煙医療がさらに勧められるようになりました。

米国家庭医療学会(AAFP)からも、下記のような遠隔での禁煙治療におけるガイドならびに利用フローチャートを出しています。

出典: https://www.aafp.org/dam/AAFP/documents/patient_care/tobacco/tobacco-cessation-telehealth-guide.pdf


遠隔医療と相性が良い分野はDTxとも相性が良く、
上述の公的な禁煙教育アプリのほかに、
ベンチャー企業を中心に禁煙治療用アプリが複数開発されています。


1例として、以前から2Morrowが"iCanQuit"という禁煙治療用アプリを開発しており、前述のQuiteGuideを対照群としたRCTで禁煙成功に対する臨床的有効性を示しています[JAMA Intern Med. 2020;180(11):1472–1480.]。


ここで、「禁煙の成功とは何か?」について述べたいと思います。
例えば、これまでタバコを吸っていた人が「吸っていない」と言えば禁煙成功とするのが一番簡単です。しかし、客観的指標(血中/唾液中コチニン濃度、呼気中の一酸化炭素[呼気CO]濃度など)で改めて調べてみると、吸っていないと言いつつ「実は吸っている(=客観的指標が高値を示す)」方が40%にものぼるとする結果があり[Addiction. 2017 Dec;112(12):2227-2236.]、禁煙成功をきちんと客観的な指標で示す重要性が指摘されています。


また、呼気CO濃度については携帯型の呼気センサーを用いることにより簡便に測定が可能であることから、日本でも禁煙外来における治療効果判定に用いるだけでなく、禁煙の経過日数に応じて呼気CO濃度が徐々に下がっていくのを数値として示すことで禁煙プログラム参加者に禁煙が成功していることを実感してもらうバイオマーカーとしても有用と考えられます。



デジタル療法の概要

そこで、禁煙治療を補助する目的で、禁煙の客観的指標である呼気CO濃度を測定することができるIoT機器(Breath Sensor)と、それに接続して値を確認することもできる禁煙治療用スマホアプリ、Pivotが開発されました。現在このセンサーシステムはFDAの認証を受けて発売されていますが、医療機関等から保険が効いて処方(Prescription DTx)、というよりは、ドラッグストア等で購入ができるOTC(over-the-counter)の医療機器としても使用ができるようになっています。

(J Med Internet Res. 2020 Oct 2;22(10):e22811. より抜粋)


このDTxを用いた禁煙プログラムは「Pivot program」を呼ばれ、先程のPivotスマホアプリ、呼気COチェッカー、ならびにアプリ内のテキストメッセージ(SMS)を介したオペレーター(人)による禁煙ライブコーチングを組み合わせからなる3ヶ月間の完全オンライン禁煙プログラムです。


スマホアプリでは喫煙/禁煙の状況、呼気CO濃度の推移などを把握するほか、禁煙に関する各種教育プログラムが入っており、それをユーザーが見て知識を得るほか、SMSで禁煙の専門家とやりとりをすることができます。SMSでの禁煙専門家とのやりとりは最初の1ヶ月間は3回/週と多く、2ヶ月目は1回/週、そして3ヶ月目は1回/隔週と減らしていきます。



臨床データ

1. Marler JD, Fujii CA, Wong KS, Galanko JA, Balbierz DJ, Utley DS. Assessment of a Personal Interactive Carbon Monoxide Breath Sensor in People Who Smoke Cigarettes: Single-Arm Cohort Study.
J Med Internet Res. 2020 Oct 2;22(10):e22811. doi: 10.2196/22811. PMID: 32894829

2. Marler JD, Fujii CA, Galanko JA, Balbierz DJ, Utley DS.
Durability of Abstinence After Completing a Comprehensive Digital Smoking Cessation Program Incorporating a Mobile App, Breath Sensor, and Coaching: Cohort Study.
J Med Internet Res. 2021 Feb 15;23(2):e25578. doi: 10.2196/25578. PMID: 33482628


1本目がPivotプログラム終了時点での短期の禁煙成功率をみた研究で、
2本目がそのPivotプログラム終了3ヶ月後のアンケートを用いて長期の禁煙継続率を検討した研究です。

2つの研究で若干組み入れ基準が違うこともあり、
今回は2本目の長期(〜6ヶ月時点)の禁煙成功率を検討した2本目の論文について
概説します。


本研究はアメリカ在住の英語を話す18-65歳、かつ1日あたり5本以上タバコを吸い、スマホが使え、定職がある(20時間/週以上働いている)319名にPivotプログラムを行っていただき、約3ヶ月間のプログラム実施ののち、さらに3ヶ月後にアンケート形式のフォローアップを行い、自己報告ベースでの長期の禁煙継続率を見たものです。結果、Intention-to-treat解析において、長期(約6か月時点)での30日間禁煙継続率は23.8%という結果でした。


本結果はコントロール群が設定されていない単群試験のため、既存のアメリカでの遠隔禁煙プログラム(あるいは自己禁煙)に対してどれほどこのPivotプログラムが有用なのかを直接比較することは難しいということがあります。ただ、同じ用にアメリカ在住の18歳以上を対象とした禁煙治療用アプリの競合であるiCanQuitとQuitGuideの比較試験において、長期(約12ヶ月時点)での30日間禁煙継続率がiCanQuitで28.2%、QuiteGuideで21.1%であったことを考慮すると[JAMA Intern Med. 2020;180(11):1472–1480.]、禁煙継続率はまずまず?といったところなのでしょうか。


ちなみに、今回のPivotプログラムに関する試験で使用された禁煙成功率ですが、FDA承認の呼気COチェッカーがプログラムで使用されているにも関わらず、その値をbiochemically validated abstinence (生化学的客観的指標によって証明された禁煙)として使用せずに、あえてアンケートからの自己申告のみで禁煙成功を定義しているとしているのが個人的には???な部分です。


通常であれば、呼気CO濃度が7〜10ppmを閾値としてそれ以下を客観的な禁煙成功とし、そのほうが研究としてはより正確な禁煙成功を定義できるので好まれるのですが、もしかすると呼気COチェッカーの精度の問題なのか、あるいは呼気CO濃度を用いるといろいろと禁煙成功率が変化してしまうことなどを嫌気したのかもしれません…(ClinicalTrials.govには詳記がありませんでした)



私見

禁煙治療において呼気CO濃度は、喫煙者で高値で、禁煙をはじめるとみるみる値が下がり、数ヶ月の経過でほぼ正常範囲内となるバイオマーカーです。禁煙の成功は大いに禁煙を実行しているご本人のモチベーションの維持が大事ですので、このように禁煙の効果が目に見えて実感できるという意味ではとても良い指標と考えられます。日本における標準禁煙治療プログラムにおいても、これまでは禁煙外来を行っている医療機関の外来通院時にスポットでの測定が行われていました。しかし、このように自宅でも測定できると、受診間の脱落を減らしうる要素にもなりと思われます。デジタル療法の開発おいては、このような治療効果が迅速に反映され、かつユーザーのモチベーションを保つようなバイオマーカーを見つけることが成功への第一歩なのではないかと考えています。


なお日本においても、既に薬事承認・保険収載されているニコチン依存症治療用アプリ「CureApp SC」があります。こちらは医療機関で「治療アプリ®」として”処方”されることを目的とした医療機器であり、認知行動療法の参考にした患者教育・疾患管理用アプリ、呼気COチェッカー、そして医師が使用する患者管理ウェブコンソールを組み合わせたシステムとして提供がなされています。


禁煙治療については各国で制度や対象となる患者さんの背景が大きく異なり、その国や地域、さらには患者さんのバックグラウンドをよく理解した上でプログラムを提供する必要があります。また最近は従来までの紙巻たばこ(cigarettes)だけでなく、加熱式タバコ(heated tobacco products)や電子タバコ(electronic cigarettes)の使用者が増加している問題、また直近ではCOVID-19のパンデミック等による禁煙補助薬の供給の不安定化など、引き続き柔軟な対応が求められるものと思われます。


禁煙は、大きな括りではニコチンに対する「薬物依存」の治療であり、もともと認知行動療法を主体とする今のデジタル療法とは相性が良い疾患です。アプリ+IoT(COチェッカー)だけではない禁煙補助アプリ等の開発も進められており、禁煙補助薬と併用、あるいは禁煙補助薬に代わりうる治療法としての禁煙デジタル療法の可能性に引き続き注目します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?