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中小企業アトツギとプレスリリース

昨年ツイッターの後継者仲間で大阪の紙袋メーカーの社長、白石忠臣さんが「はじめてプレスリリースを出すのだけどお作法がわからない」と呟いているのを見て「良かったらお手伝いしましょうか?」とお声掛けしました。

僕は前職のPR会社で4年間ほど企業広報に携わっていた経験があります。ただこれはもう10年以上前の話で、まだ新聞やテレビといったマスメディアの影響力が強く、「アルファブロガー」と呼ばれるインフルエンサーのはしりが出て来たり、SNS広報も「そろそろウチもツイッターPRとかやらないとね」なんて言っていた時代でした。なのでその頃の広報スキルなんて錆びついているし当時のメディアリレーション(メディア関係者のコネクション)なんてそれこそ使い物にならないと思い、プロフィールに「前職は」と数文字を添える程度で特にアピールはしていなかったのですが、上記のきっかけで久しぶりに広報というものに触れてみることになりました。

4件のプレスリリースと関わる

白石さんのリリース案件に関わった後、同じくツイッター繋がりのあった他の後継者さん達からも「ちょっとリリース見てください」という話がチラホラ出始めました。これまでに関わったのは最初の白石さんも含めると以下の4件です(依頼主さん達の許可を頂いて載せています)。

  1. シコー株式会社:創業72年の老舗袋屋、ツイッターのバズ投稿からクリエイターと協業、「HANKYUこどもカレッジ」へ出展

  2. 株式会社稲豊園:飛騨高山の和菓子処「稲豊園」、日本の妖怪をモチーフにした ハロウィン和菓子を10月15日~10月30日まで期間限定販売

  3. 株式会社土田化学:土田化学、廃材をこどもの遊び道具に再利用し保育施設へ無償提供

  4. 株式会社片岡商店・シコー株式会社:明治30年創業の老舗バッグメーカー、米袋メーカーと協働し広島市内の中学校で廃材リサイクルの特別授業を実施

「こんなに掲載されるの??」

これが正直な感想でした。それぞれの案件をドラフト中には「このネタは結構メディアに刺さるんじゃない?」とは思うものもあったのですが、結果はそれを大きく上回るものばかり。僕がPR会社にいた時代はIT系企業のB2Bの発信が多く、自分が関わったクライアントでは恥ずかしながら全国紙、地方紙やテレビへの露出はハッキリ言って多くありませんでしたので、発信された各社さんに対してはアドバイザーっぽく冷静なフリを装いながら実は一番僕が驚いていました。

とても貴重な体験ができましたので、それぞれの案件がどのようなものだったのかを振り返りつつ、「アトツギの発表案件で大事なこと」というのを自分なりにまとめてみたいと思います。

1. シコー株式会社:創業72年の老舗袋屋、ツイッターのバズ投稿からクリエイターと協業、「HANKYUこどもカレッジ」へ出展

僕にとって初めてのアトツギ広報サポートとなったシコー白石さんの案件は、すごくシンプルに言えば「米袋メーカーが大阪で催事に出展するのでメディアの皆さん取材お願いします」という話です。こういったイベントへの取材を促すタイプのリリースというのはイベントそのものや出し物、ゲストがよほどのレベルでない限りは簡単に取材してもらえないものです。特にシコーさんはB2B企業ですので誰もが知っているというわけにはいかない。ただその事実だけをリリースにしたためても取材は期待しづらいでしょう。
ただシコーさんには「社長が米袋を被ったツイートが2.5万いいねのバズになり、それをきっかけにこれまで起こり得なかった出来事が次々に起きて最後は催事出展に」というストーリーがありましたので、背景を伝えることに注力し、バズった白石さん本人のコメントも入れて中の人の人柄が見えるようなものに一緒に仕上げていきました。

結果として多くの取材記事が出たというわけではないものの、バズった際に取材のあったメディアをはじめ数件の記事を獲得され、白石さんご自身もツイッターのバズからリリース発表までの一連の流れを経験し広報というものをじっくり考えるきっかけになったとのことでした。僕自身も久しぶりの企業広報にワクワクさせて頂きました。

2. 株式会社稲豊園:飛騨高山の和菓子処「稲豊園」、日本の妖怪をモチーフにした ハロウィン和菓子を10月15日~10月30日まで期間限定販売

こちらは飛騨高山の和菓子処、稲豊園さんがハロウィンの期間限定商品として日本の妖怪をモチーフにしたお菓子セットを発売するというものだったのですが、最初お菓子の写真を見た瞬間に「これはイケる」と思いました。

稲豊園さんの「どうだ?怖い菓!」

商品力、特に見た目のヒキが強いので大していじらなくてもメディア的にも載せやすいですしSNSでの拡散も見込めるのですが、こちらも「ストーリーを強調する」ことにしました。

①同社アトツギのかなさんがツイッターに試作品を投稿したところ「こんなものがハロウィンにも欲しい」という反響があり、それを季節限定の新商品として実現させたこと
②商品化にあたっては社内の職人さんの中に隠れた「妖怪マニア」がいたことが判明、盛り上がった勢いでこのかわいい妖怪菓子が完成したこと

これらふたつの血の通ったストーリーは含めよう!となりました。
稲豊園さんは過去にこういった新商品のリリースを何度も出していた経験者でしたが、今回のような背景はメディアにとって取り上げたくなる魅力を放つものであり、リリース文書にそれを予め書いておくことで取材される可能性を高めることができます。

兎にも角にもまず飛びぬけた商品力がメディアに刺さったのでしょう。全国紙やテレビを含む合計70以上の媒体に取り上げられ、目標の4倍の販売数を記録されたそうです。

3. 株式会社土田化学:土田化学、廃材をこどもの遊び道具に再利用し保育施設へ無償提供

土田化学のアトツギ土田さんからの相談は「自社の廃材リサイクル方法をツイッターで募った結果、子どもの遊び道具として保育施設へ提供した。これを発表したい」というものでした。

プレスリリースの前提として「ニュース性が伴っていないといけない」ということがあります。最初の保育施設への提供は既に終わっていたため、この情報は「活動報告」になってしまいます。終わった話をリリースにしてはいけないというルールがあるわけではないのですが、この話題だけではCSRの活動報告に近く、会社ウェブサイトのニュースコーナーに載せるとかブログに書くほうが相応しいということになってしまいます。
ついてはどういう形でニュース性を持たせるか、メディアに興味を持ってもらえるかと話し合った結果「無償提供を希望する保育施設を募る形にしよう」となりました。メディアにとって「自分達が記事を書けばそれを見た保育施設が手を挙げるかもしれない」と取材する理由が生まれます。

そしてドラフトを書き進めていくわけですが、その中で「廃材を使ったおもちゃ」という曖昧な表現が最初から最後まで続くのが引っかかりました。これを土田さんに伝えたところ、翌日にはツイッターで「この子に名前をください」と言っており、実際にそのままリプライにあった「にじいろぶろっく」に決めてしまいます。実はこのリリース準備期間中にも独自にどんどん保育施設への提供を決めたり発表直前に主要ターゲットメディアに独自に働きかけていったりと行動力モンスターな土田さんでした。

そんなストーリーをたっぷり含めて出来上がったプレスリリース。発表するなり丹波新聞の見出し記事を飾り、神戸新聞やYahoo!ニュースへの転載など多くの掲載を経て最後は全国メディアの毎日新聞の記事から地元テレビの取材まで繋がったという、単独のニュース案件としてはこれ以上ないくらいの結果が出ました。

今回ここまでの結果になったのは①廃材アップサイクル(環境/SDGs)、②子どもの保育施設への無償提供(児童福祉/子育て)、③笑顔の眩しい若き後継者の挑戦(地域経済への貢献)、という強力な三要素が揃っていたこと、そして特に載せてもらいたい媒体に対して発表時に土田さんがきちんと個別でアプローチしていったことだと思います。特に地方紙は僕自身が同じ時期に西日本新聞から見出し記事で紹介されたこともあり、価値があると判断したストーリーには惜しみなく紙面を割いてくれるのだなというのを実感しましたし、地方紙を見て全国紙が取材する、全国紙を見てテレビが取材するという僕がPR会社時代によく言われていた(けどなかなかそんな流れは起こせなかった)ことが本当に起こるんだなと感心した案件でした。

4. 株式会社片岡商店・シコー株式会社:明治30年創業の老舗バッグメーカー、米袋メーカーと協働し広島市内の中学校で廃材リサイクルの特別授業を実施

シコーの白石さんから「もう一回お願いしたい」と言って頂いたのは同じくアトツギさんである広島のかばん屋さん、片岡商店の片岡さんとのコラボ企画の広報というお話でした。
シコーさんの製造工程で捨てるしかなかった不良品の紙袋。片岡商店さんがそれをエコバッグに仕立てるキットを用意し、SDGsの授業で何をしたらいいかと悩んでいる中学校に提供、学生が自分でバッグにするという特別授業を開催する。そして出来上がったバッグは新入生への学校用具一式の販売時に持ち帰り用に使われるというストーリーです。

そう、土田化学さんと似た要素が沢山なんです。すごく筋の良い話でした。

ただ今回は広島県の学校での特別授業という限られた場所と時間で行われるもので、ローカルメディアは来れても在京メディアが直接取材に来ることは物理的に難しいですし、拡散はどうしてもしづらい案件でした。にも関わらずお二人の入念な事前準備やリリース配信時の工夫によって業界専門誌や地元テレビの取材も受けることができました。土田さんもそうでしたがこのお二方も行動力モンスターで、素早い動きには感心させられっぱなしでした。


アトツギさんがプレスリリースで大事にすべきこと

この4件の経験を経てアトツギさんによるプレスリリースで意識すべきと感じたことは以下のようなものでした。中にはアトツギさんに限らずプレスリリース全般に共通するエッセンスも含まれてきます。細かいことを言い出すともっとあるのですがキリがないので5個くらいにしておきます。

①まず「この案件にはニュース性があるか」と問いかける。もし無いのであればニュース性を作る

これは土田化学さんの案件について書いた通りです。ニュース性というとよく言われるのが「業界初」「世界初」といった「初物」ですが、そんな案件はめったになく、「新しいことを始めます」「新しいものを売ります」というのがほとんどだと思いますしそれで問題はまったくありません。しかしそこに社会的な意義があればあるほどメディアに取り上げたいという動機が生まれます。土田化学さんのケースは募集という形にすることでリリースそのものが「より多くの廃材がリサイクルされ、それをより多くの子どもに喜んで使ってもらうためにメディアの皆さん拡散にご協力頂けませんか」というメッセージになっていたのが大きく取り上げられた一因なのだと思います。

全部の案件が同じようにアレンジできるわけではありませんが、無理のない範囲でニュース性を上げる工夫をしてみると同じ内容でも一気に取り上げられやすくなるという事例でした。

②リリースのタイトルはメディアの見出しにそのまま使えるものに

プレスリリースはあくまでメディアに向けてのものであり、顧客向けの販促資料とは文章のお作法が変わります。その中で特に見出しを書くときは「そのニュースを一番取り上げてもらいたいメディアがそのまま見出しに使えるようなもの」を想像してみるのがいいと思います。お堅い新聞であれば「XX社がXXを開始」などと極限までシンプルな見出しが出ることがイメージできますし、実際にリリースの多くはその形になっています。書きたいエッセンスが短いタイトルに入りきらない場合はサブタイトルで補足するといいでしょう。

③発表までのストーリーを含める

既に何度もリリースを打っており発表に慣れた会社であれば毎回細かく書くべき裏側のストーリーはないかもしれませんが、中小企業アトツギさんにとってプレスリリースを出すという機会はそう多くないと思います。いざ書くとなればその際には背景に沢山のストーリーがあるはずですので、そういったものがある場合はリリース本文に「背景」などとしてできるだけ書くのがベターです。実際に飛騨高山の稲豊園さんは「取材を受けた時に聞かれたのはリリースに書いたストーリーの深掘りばかりだった」という話もされています。極端に言えば取材をしないでもリリースだけで背景まで網羅した記事が書けるようになっていればそのほうが好ましいと思います。
ただ書き過ぎて冗長な文書になることは避けたいです。イメージを含めるリリースはページ数が増えますが、イメージ抜きでタイトルと本文テキスト、ボイラープレート(『XX社について』という会社概要サマリーと連絡先)だけなら2枚程度に収められれば理想です。

④配信サービスを使うのは悪くない。でもそれだけでは全然足りない

PRTimesをはじめとした配信サービスはメディアリストを持たない企業でも多種多様なターゲットメディアにリーチできるという非常に便利なものです。ただメディアの立場で考えてみると、配信サービス経由で来るニュースはほとんどが自分のメールアドレスを直接知らない企業からですし、基本的には「専用フォルダにまとめて自動振り分けされていてたまにタイトルをザッピング後そのまま開封もせず削除されるもの」くらいで考えておいたほうが良いと思います。下手したらタイトルすら見られないでゴミ箱行きかもしれません。
なので「目を引くタイトルを」というのは重要なのですが、そのメディアや記者の興味の網にかかるネタであれば特段派手なタイトルでなくても本質的に見抜いてくれるはずで、あまり奇をてらったことはしないで良いのではと思っています。

そしてここで言いたいことは「配信サービスに流して終わりではなく自分でメディアにアプローチするほうが打率が圧倒的に高い」ということです。具体的には編集部の連絡先を入手して電話やメールするか、可能であれば編集部や記者クラブに直接リリースや商品サンプルを持ち込む(『投げ込み』と言います)という手段がやはり強いです。忙しい記者さんにけんもほろろに扱われることも当然ありますが、リリースを渡して名刺交換できれば後から電話でフォローすることもできます。完全に飛び込み営業と同じですが、諦めずに動いてみましょう。今回の皆さんはこういった地道な努力で掲載を獲得していきました。

なお各媒体の編集部の連絡先はネットで全部手に入るわけではないため収集に苦労するのですが、日本パブリックリレーションズ協会の「広報・マスコミハンドブック(PR手帳)」にかなり網羅されています。一冊持っておいて損はないと思います。

通称「PR手帳」

⑤世の中はアトツギに優しい

ある後継者さんと先日お会いしたのですが、その方と広報の話をした際に「アトツギは下駄を履かせてもらっているので」と語っていました。もうアトツギ文脈とか関係ないくらいに広報が上手でめちゃめちゃメディア露出されている方なんですが、僕が4件の発表で強く感じたことに深く通ずるものでした。
中小企業の後継者不足、そしてそれに伴う黒字廃業が社会問題になっている今の時代、世間は後継者が新しい取り組みをしている姿を好意的に受け止めてくれるようになったのではないかと。ひと昔前だったらアトツギさんの行動に対して「若い奴が背伸びしちゃって(そんなのうまくいかないんじゃないの?)」的なちょっとやっかみも混じった目線だったかもしれませんが、今はもっとポジティブな受け止め方をされるようになっているのではないでしょうか。
また廃業がある一方で後継者が引き継ぐケースも同様に沢山あり、その多くが先代から受け継いだ様々な問題で奮闘されていると思います。そんな当事者や周りにいる人達に「こんなこともあるんだよ!」という好事例を紹介したいとメディア側も(皆が意識はしてないかもしれませんが)思っているのでは。

もし今回リリースを出した皆さんがアトツギさんでなかったら結果はいくらか違っていたかもしれないと考えてしまいます。

なのでアトツギさんは会社を継ぐまではその立場を全面に押し出して広報活動を展開したほうが得だと思います。
継承してから何年も経っていたり年齢が一定以上になってしまうとアトツギ文脈では語られずに純粋に経営者としての実力がフォーカスされることになり、世間の厳しさを味わうことになります。そうなる前にアトツギであることを利用してしまえばいいのでは。

最後に

ここで紹介した皆さんは自分たちの広報発表によって自分たちに多かれ少なかれポジティブな変化をもたらされました。よほどマナーを違反したり炎上させなければデメリットはあまりないので、もし案件があるのであれば挑戦してみてはいかがでしょうか。


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