見出し画像

彼女、Aとの初対面は新しい職場だった。
その時一緒に配属されたのは私を入れて4名。

彼女の変人っぷりは初見ですぐに気付いた。
朝の八時半、集合場所は勤務先のビル前。
Aは1月の北風ピープー吹く中で、薄いナイロン製の花柄スカートをはためかせて立っていた。

コートなどは見当たらない。さらにうねるロングヘアはつい先程、湯舟からザブッと出てきたばかりのようで、今にも水滴を垂らしそうだった。

こ、凍るんちゃうか?! わたしは新しい上司や同僚よりも彼女に釘付けとなり、マジか!マジか! と目を見開いていた。

仕事が始まるとAはさらにキテレツぶりを発揮した。

彼女はパソコンに強く知能指数は高いのだが、会話のキャッチボールが暴投につぐ暴投でほとんど成り立たない。そして、難しい内容の専門書を会社の階段の手すりの間などに何故かモズのはや贄のように置きっぱなしにしていた。それは本だけではなく、飲みかけのカルピスウォーターや化粧ポーチ、食べかけのスナック菓子ということもあった。
しかし、なんで階段の手すりに置きっぱなしになるのだ。何回も? そんなことってあるだろうか?

そんなAについて一番よく覚えているのは、回っている姿だ。

ある日のこと、上の人間から、

「ちょーっと若い人、手ぇ貸してくれるかな?」

という声がかった。

珍しく手が空いていたので何の気なしに気分転換に行くかと向かうと、なんと彼女と私の二人だけだった。

雑務は所内で不要物が大量に出来たので処理場に持っていくのを手伝って欲しいという事。……で、持っていくと、

「自分ら、よう手伝ってくれた。ええからちょっとそこら一周して帰ってきたらええわ」

とのお言葉を頂いた。
別にいいけど、そう言うなら敷地内でも一周して散歩がてら帰るかと思っていたら、Aは表情も変えずに、


「そ。ありがと(彼女は誰に対しても基本ため口)」

と言ったまま、目の前にあった駐車場あたりを一気にぐっるーーっと走って一周し始めたのだ。私はそう指示した上の人間と並んで、走り終わるのを呆然と待っていた。
あの時、指示とAの行動に間違いはない。でも、なんで? 何が彼女を走らせたのか?

回る話はまだある。

ランチは外食組とお弁当組で固定化していたが、いつも外へ食べに行く同期がやっぱりあの人は回るのが好きみたいよ、と言った。

ある日のこと、その同期がランチから帰ると職場のビルの入り口でくるくるとAが回っていた。入館の為の社員カードを差し込むシステムの前だ。年下だった彼女はAに対して敬語で問いかけた。

「どうしたんですか?! Aさん!」

すると彼女は、やっと立ち止まり、

「春風が心地よくて!」

と、言ったそうだ。

多分、社員証を忘れたのであろう、と春には既に全員が彼女の言動をある程度は把握出来るようになっていた。

私自身も中々かみ合わない雲のようなAの話をポイントだけ掴み、会話を成り立たせるのは面白くもあった。職場の人間関係でよく感じる政治家的なところも彼女は無く、そういう意味では楽な人間だった。

しかし、Aは職場でありとあらゆるトラブルを巻き起こし、退職を余儀なくされた。

そんな中、私はたまたま女子トイレでAと一緒になった。

「月末で終わるんやってなぁ、残念やけど元気でなあ」

と声をかけるわたしに、

「一人暮らしのおうちに一度よせて貰いたかったわ! メルアド交換せえへん?」

……と、言った。

ハハ、わたし阿呆やから自分のメルアド覚えてないねんかぁー、携帯番号も、ほらかけるのは出来るけど自分の番号はさぁ~、と笑いながらトイレを飛び出た。何だかその時、彼女と仲良くなるのが怖い気がした。

後でその話を妹にしたら何で交換しなかったのか、とえらく怒られた。今でもそれは悔やまれる。彼女はネタの宝庫だった。それに、悪い奴ではなかった。

ちなみに後から聞くと連絡先を聞かれたのは同期で私だけだったらしい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?