見出し画像

4階から靴下を釣る

小学生の頃だ。
マンションに住む近所の友人Yちゃんの家で遊んでいた時、ベランダで洗濯物を干していたYちゃんのお母さんが、

「あ……」

と、声を上げた。
ベランダの手すりに手を置き、前のめりになって下をのぞき込んでいる。

何事だろう?

私達もベランダに出て上から覗いてみた。
どうやら、靴下を下に落としてしまったようだ。Yちゃんの家はマンションの4階。
先に吊るされ干されている白い靴下の相方が、2階の落下物防止用の屋根の上に小さく見えた。

「落ちたねー」

と、残念がる私たちを後にして、動じることなくYちゃんの母は部屋に戻った。
そして、お父さんの釣り道具の中からおもむろにあるものを取り出した。
大きな釣り針と糸だ。
釣り針のサイズは子供が指を曲げたぐらいの大きなものだった。その針についた糸は蒲鉾板のような木片に巻かれていた。

ベランダへ立ったYちゃんの母はそれをするすると垂らして(よく覚えていないが錘も付いていたと思う。風で凪ぐということは全くなかった)何度目かのトライの後、無事に靴下を釣り上げていた。
ずっと、見ていた私たちはキャッキャと手を叩いて喜んだ気がする。

あれから何十年もたつが、Yちゃんの母以上の釣り名人はいないと思う。
Yちゃんのお父さんは釣り好きで全国の海で色んなものを釣ったらしいが、恐らく本格的にやればお母さんの方が上手だったに違いない。
2階の人にびっくりされて、それからはやらないようになったらしい。

ベランダの外で靴下がイカみたいに釣りあげられていったら、そりゃあ2階の人もビックリしたことだろうな、と思う。
クエ釣り用の釣り針だったそうだ。

よく晴れた夏の日だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?