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「紙の動物園」ケン・リュウ

「中華SF」
そう聞いて「中国」という言葉にアレルギー反応した人も、「SF」という言葉に拒絶感をもった人も、ちょっと待ってほしい。
ここには、中華だけでなく、西洋料理もあれば、和食もある。
古典的なSFもあれば、切ないファンタジーもある。
全てを美味しく食べることもできれば、好き嫌いのある人でも、1つぐらいは美味しく食べることのできるものがある。
そんな短編集、それが今回紹介するケン・リュウの「紙の動物園」だ。

SFのトレンドにはすっかり疎くなって久しいのだけれども。
以前にKindleでセールしていた劉 慈欣(リュウ・ジキン)「三体」の第1巻を一気読みして「中華SF」というものの、荒削りだけど、それ故に熱いパワーを感じたので(「三体」については、第二巻(上・下)を購入済みなんだけど、まだ未読。全三部作なので、感想を書くのを留保しているが。ここ数年で久々のSFの話題作なので、書評、感想の類はあちこちに転がってるのでそちらをご参照ください)この短編集も存在は知っていたし、ケン・リュウの名前も知っていたので、その繋がりで、ものは試しと読んでみた。

「三体」が「中国在住の中国人によるSF」なのに対して。ケン・リュウは11歳までを中国で過ごし、その後アメリカに移住したという経歴の違いがあって、だからこそ「視点」が劉 慈欣とは大きく異なっているなあ、というのが全編を読んだ感想。
「中国」という文化的なものを自らの血肉として持ちつつも、国家・政治的な意味での中国に対しては、是でも非でもなく、中立(ニュートラル)に捉えていてて、それは今や対立の激しい「美国(アメリカ)」に対しても同じで。
加えていうなら「もう一つの中国」であるところの「台湾」や、歴史的に因縁のある「日本」に対しても同様なので(誤解が無いように補足すると「三体」は別に「中国マンセー!」な小説では無いし、「文革」という「中国の歴史的な恥部」が物語において重要な位置を占めている)「中国」という言葉に、イデオロギー的なアレルギーを感じる人でも、問題なく読める短編集になっている。
というか、出版にあたり、編者はその辺りも意識して作品をチョイスしたと思われる。

中華系といえば、映画「メッセージ」の原作でもある「あなたの人生の物語」のテッド・チャンという作家がSF界では超有名だけど。
テッド・チャンは生まれも育ちもアメリカの「中国系米国人」なので、文化(カルチャー)としての「中国」というものは皆無に近く。むしろ作風は、欧米作家のそれに近い。
先に挙げた二人とは明らかに「視点」が異なっていることを蛇足しておく。

ケン・リュウの作品から受ける印象は、欧米の「ドライ」な作風の中に、アジア的な「ウェット」な情緒を加えた作品、というところだろうか。
乾き過ぎもせず、湿り過ぎもせず。ほどほど(ニュートラル)に両者がバランスをとっている。

欧米SFがどうにも「硬い」パサパサした感じがして、日本のラノベ的な「ベッタベタ」な感じを好む向きにもオススメできると思う。
勿論これは「SF」なのだから、SF的な面白さがあれば文化的背景など関係無いという人にも、「SFとして」楽しめる。ハードSFや、「有り得たかもしれない歴史(オルタネード・ヒストリ)」モノもありつつ、表題作はじめ「幻想(ファンタジー)」モノもあり、こちらのバラエティも豊富で。「SF」というものにアレルギーがある人でも、楽しめる構成になっている。

以下、収録されている各編に対して簡単に感想を記したいと思う。

「紙の動物園」

表題作にして、SFの2大作品賞であるヒューゴ賞・ネヴュラ賞に加え。
ファンタジーの作品賞として有名な世界幻想文学大賞の、史上初の三冠に輝いた作品。
この作品を読んで、俺は亡くなった母を想い、泣いた。
一発目のこの作品にヤラれて、この短編集を一気に読む原動力になった傑作。

「もののあはれ」

日本人として、非常に面映ゆい作品。マジ照れる。
東日本大震災における、日本人の大災害を前にしての「礼儀正しさ」は、全世界的に賞賛されたのは記憶に新しく、それにインスパイアされているのだろうけれども。果たして、本当に日本人ってそんなに良いもんですかね?と思ってしまう部分も無きにしも非ず。

「月へ」

「中国」と「美国(アメリカ)」への中立性、というものを強く意識した掌編。
SF、というほどにSFではないのだけど、ファンタジー、というほどに幻想・夢想ではない、ただ語られる月の世界の物語と、現実とのメタファーの対比が印象的

「結縄」

分散コンピューティングで、難病の薬を開発しようという「Folding@home」をご存知の人には、ニヤリとする。伝統文化と最先端製薬技術との融合。ただそれに留まらない、オチのつけかたが上手いなぁと思った。

「太平洋横断海底トンネル小史」

「あり得たかもしれない歴史」モノ。
いや、さすがにこんなぶっ飛んだ歴史は「あり得ない」とは思うけどw
架空歴史のディティールのリアリティがあり、なるほどそのように歴史を改変したか、という着想のアイディアが光る

「潮汐」「選抜宇宙種族の本づくり習性」

どちらもSFとしては「奇想」の小編。アイディア一発勝負というか、さらりと読める。

「心智五行」

収録作品の中でも「中華SF」という枕詞がピタリと来る、陰陽五行説に基づきつつ。もう一方のアイディアは「マクロスF」のアレ、という(河森正治も同じところから着想を得たと思われる)。
懐かしい古典SF的な味わいと、オリエンタリズムがミックスしていて、昔のSF小説を読んでた時のような楽しみのある作品。

「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」

電脳世界に意識を全てアップロードした世界、というのはSFとしてはもう目新しさは無いのだけど(「ゼーガペイン」とかね)。クロックダウンして45年経過する「お出かけ」という時間感覚と、壮大な家族の「別離(わかれ)」の物語っていう味付けが面白い。

「円弧(アーク)」「波」

技術的に達成された「不死」というテーマで、前者は「地上編」、後者は「宇宙編」とも言える、姉妹作とも言える作品。
前者が「愛情」を軸に据えた、ある女性の人生の走馬灯であるのに対し、後者はスターリングの「スキゾマトリクス」とか、はたまたクラークの「幼年期の終わり」的なヴィジョンと対照的なのが面白い。

「1ビットのエラー」

何回も推敲しつつ、没をくらい続けたという作品で(結局、出版されたのは「没になり続けた作品アンソロジー」だったそうな)
確かに収録作の中でも、一番読みづらく、今ひとつ何を描きたいのかが、よほどSF慣れしていないと「?」となる作品だけど、前回のnoteで取り上げたギブスンの短編のような感触と読後感があり、俺は結構好き。
ただ、これが没になり続けたのも理解できる。

「愛のアルゴリズム」

「感情や意識は所詮脳というプロセッサで処理されたソフトウェアのようなもの」というのは、サイバーパンクで提示されたわかりやすい「テーゼ」で、それをストレートに描いた作品。

「文字占い師」

この作品集の中で一番、「重い」読後感の作品。
っていうか、会社で昼休みに読んでいてヤバかった。会社で、周りの視線が無ければ、多分間違いなく落涙していた。泣くの堪えるのがツラくて、ツラくて、同時に家で気兼ねなく泣ける環境で読むべきだったと心底後悔した作品。
描かれる舞台は「台湾」-「もう一つの中国」であり、中米台という今もなお続く微妙な政治的バランスの狭間の悲劇であり、そして同時にこれは一級の「ファンタジー」でもある。
「紙の動物園」と同じぐらい、強く強く印象に残った作品。

「良い狩りを」

ケン・リュウは初読だったのだけれども、実はこの作品だけは例外的に「前から知っていた」
というのもNetflixオリジナルシリーズである「ラブ、デス+ロボット」で、その一編としてアニメ-ションとしてこの作品が映像化されており、そうとは知らずにこれを観ていたから。
だから冒頭を読みはじめて「ああ!あれか!!」と思わず声に出してしまった。
だから、ケン・リュウを知らない人で、小説読むのものなぁ、という人でも。ネトフリ加入しているなら映像でどうぞ(他のお話も面白いよ)



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