見出し画像

第1回 スタートアップ・システム・ダイナミクスとは


「スタートアップ・システム・ダイナミクス」の提案

システム・ダイナミクスという言葉自体は知らなくても、「Amazonのループ図」は知っているという方は多いのではないでしょうか。ループ図を用いて事業成長の構造を設計するのは、システム・ダイナミクスのアプローチそのものです。

https://dyzo.consulting/6888/

「スタートアップ・システム・ダイナミクス」というのは私の造語ですが、本稿は要するに、「スタートアップ経営に、システム・ダイナミクスの考え方を導入してはどうか」という提案をするものです。Amazonが創業期よりシステム・ダイナミクスを意識していたことからもわかるように、この考え方自体は大して新しくもないのですが、思いのほか一般化していないことが気になり(そして自分の理解の整理のために)本稿を執筆することにしました。

本題に入る前に、まずはシステム・ダイナミクスとは何かについて簡単に説明する必要がありますが、その前提として、システム・ダイナミクスと補完的な関係にあるロジカル・シンキングの限界についても簡単に触れたいと思います。

ロジカル・シンキングの限界

そもそも「ロジカル・シンキング」という概念も多義的ですが、ここでは、「ロジック・ツリー」や「MECEな分解」などに代表されるような、「分けて」考える要素還元主義的な考え方を意味します。事業計画などのスプレッドシートも、基本的には要素を分解していって、一つ一つの要素ごとの数値を検証するロジック・ツリーが骨格になっているかと思います。

直観とセンスだけで結果を出せる人も少なからずいることは否定しませんが、ロジカル・シンキングは、経営者にとどまらず全ビジネスマンの基本所作と言っても過言ではないでしょう。その有用性についてはここで語るまでもないので割愛しますが、少なくとも、物事を系統立てて整理あるいは動かすためには、ロジカル・シンキングは必要不可欠です。

一方で、要素還元主義なロジカル・シンキングには、以下のような弱点もあります。

  1. 因果関係を単純化しがち:これがもっとも重要なポイントです。ロジカル・シンキングでは直接的・一対一対応・一方向の因果関係を重視することが多いのではないでしょうか。そして思考のフレームワークの都合上、間接的な影響や、結果が原因側にフィードバックされて影響を与える相互依存的状況を把握しにくいという弱点があり、複雑な問題の本質を見逃す可能性があります。

  2. 視点が部分的になりがち:基本的にロジカル・シンキングは問題を分解し、その部分ごとにアクションを考えます。これは、因果関係が単純化される帰結でもあります。複雑な問題において全体像を見失う可能性があります。

  3. 分析が静的・短期的になりがち:これも「因果関係の単純化」の派生系とも言えますが、ロジカル・シンキングでは特定の瞬間の状況や要因に焦点を当てがちです。これにより、時間を通じての変動や、遅れてやってくるフィードバックループなど、動的な変化を捉えるのが難しくなることがあります。これにより、長期的な視点や持続可能性に注意が向かなくなる可能性があります。

直感的にわかりやすい例が「ブレイク・イーブンさせるために、広告費の投下を抑制する」というケースです。「要素還元主義なロジカル・シンキング」だけで考えてしまうと、「利益を出すために、費用を削ろう」という単純な因果関係に基づき、「広告費」という部分に注目して、当月・来月という短期的な時間軸での意思決定をすることになってしまいます。

もちろん、みなさんは常識的に「広告費の抑制により、数ヶ月後には売上高がブレイク・イーブンに必要な水準を下回ってしまう可能性がある。そうすると、さらに広告費を抑制しなければならなくなるかもしれない。」というシナリオも考慮して意思決定を行うと思います。これはみなさんが無意識に「要素還元主義なロジカル・シンキング」を捨てて、以下のような思考を経ているはずです。

  • ロジックツリーの枝分かれ部分同士にも因果関係が作用する(この場合は、投下コスト→売上高)

  • その因果関係が時間差をもって発現する(今月の広告費→数ヶ月後の売上)

  • 原因を解決するための打ち手がもたらした結果が、さらに原因側にフィードバックされる(広告費削減→売上高減少→さらに広告費削減の必要性)

上記はあまりにわかりやすい例でしたが、スタートアップ経営をしていくにおいては、より複雑な因果関係に対する洞察も求められる場面は少なくありません。特に、しっかり経営管理を行い、メトリクスをモニタリングして、各部署がそれぞれ分解されたKPIを達成・維持することに集中している状況であればあるほど、複雑な因果関係を見落としやすくなります。ロジカル・シンキングやロジック・ツリーは必須のツールであることは前提として、複雑な因果関係にも対峙するアプローチも組み合わせないと、経営の舵取りとしてはすこし心許ないのではないでしょうか。

湊宣明「実践 システム・シンキング」

システム・ダイナミクスとは

この複雑な因果関係に対峙するアプローチこそが、システム・ダイナミクス(的な考え方)です。

「システム」という概念も多義的ですが、ここでは「相互に関連し影響を及ぼし合う部分や要素から成る組織された全体」と定義します。例えば、人体は細胞、組織、器官などの部分から成り立ち、これらが相互に作用し合って生命活動を維持しています。同様に、ビジネスもまた、製品、顧客、従業員、プロセスなどの要素から成るシステムとして捉えることができます。組織も然りです。

システム・ダイナミクスの考え方(=システム思考)は、20世紀中頃から注目されるようになった思考方法で、複雑な問題やシステムを全体として捉え、その動きや相互作用を理解するためのアプローチです。

システム思考では、「1つのことだけをすることはできない」、そして「すべてのことがほかのすべてとつながり合っている」と理解する。もし人々が全体論的な世界観を持っていれば、「システム全体にとって長期的に何がいちばんよいか」を考えて行動し、システム内で効果的なレバレッジ・ポイントを見出し、システムの抵抗を避けることができるだろう、と言われる。

ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」

この考え方は、科学、工学、経済学など多岐にわたる分野で発展してきました。特に、1960年代にMITのジェイ・フォレスター教授が経営ツールとして「インダストリアル・ダイナミクス」の考え方を提唱し、フィードバックループやストックとフローといった概念を用いて、事業にかかわるシステムの動的な振る舞いをシミュレーションする実践的アプローチを編み出したとされています。

スタートアップ経営への応用

もちろん、システム・ダイナミクスはスタートアップに限らず、ビジネス全般に適用できるものです。にもかかわらず、「スタートアップ・システム・ダイナミクス」と称して、スタートアップ経営こそシステム・ダイナミクスを活用するべきと考えるのは、以下の背景からです。

未知・複雑性と対峙する必要がある

伝統的かつ安定した事業との比較において、スタートアップは、新しい市場や技術、ビジネスモデルを探求する組織として、未知の要因や変動に常に直面しやすいといえます。そしてこれらの要因間においては、多くの相互作用やフィードバックループがあります。

スタートアップは、これらの要因や相互作用をモデル化し、どの要因が最も大きな影響を持つのか、どのようなフィードバックループが存在するのかを理解することで、未知の要因や複雑な状況に対する適切な意思決定が可能となります。

スタートアップ自身がマーケットと不可分

スタートアップ経営には、新しい市場を創造するという側面もあります。これは、スタートアップ自身が市場の中の一プレイヤーであると同時に、市場というシステムそのものの作り手でもあるということです。

システムは、あなたの取った解決策に反応する。……昨日の解決策が、今日の問題を生むのである。私たちは、人形遣いのように、「どこか離れた場所」からシステムに影響を及ぼすことはできない。私たちもそのシステムのなかに生きているのだ。

ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」

上記の引用のとおり、システム・ダイナミクスは、「当事者はシステムの中にいながら、システムそれ自体に影響を与える」という考え方に立脚しています。自らの打ち手が、自らが属するマーケットに影響を与え、めぐりめぐって自らに跳ね返ってくるという考え方は、新しい市場を創造してくスタートアップにとって非常に重要だといえます。

レバレッジ・ポイントの発見が重要

リソースが限られているスタートアップは、どこに一点集中でリソースを投下するのが最も効率がよいのかを見極めなければなりません。この「一点」は、一般的にグロースドライバーと呼ばれたり、レバレッジ・ポイントと呼ばれたりします。

この点、システム・ダイナミクスは、システム全体の動きや相互作用を理解したうえでレバレッジ・ポイントを特定するための思考フレームワークともいえます。スタートアップは、システム・ダイナミクスを用いることで、どの要因がビジネスの成果に最も大きな影響を与える「レバレッジ・ポイント」なのかを特定することができます。例えば簡単な例でいうと、顧客獲得のためのマーケティング活動と、その結果としての顧客の口コミによる新規顧客の増加というフィードバックループを考慮することで、どの活動にいくらのリソースを割り当てるべきかを最適化することが可能となります。

指数関数的成長が求められる

スタートアップは、従来のビジネスとは異なり、短期間での急速な成長を目指します。特に、ベンチャーキャピタルからの投資を受けるスタートアップは、投資家からの期待値として指数関数的な成長を求められることが多いでしょう。

指数関数的成長は、システム・ダイナミクスの基本概念である「強化型フィードバックループ」によりもたらされます。例えば、新規顧客の獲得が既存の顧客からの紹介によって増加するというポジティブなフィードバックループなどがこれに該当します。他方で、成長に伴うオペレーショナルな課題によるネガティブな「バランス型フィードバックループ」などが成長を阻害するので、これを解消することもスタートアップにとって重要です。

システム・ダイナミクスを用いることで、これらのフィードバックループを明確にし、どの要因が成長を加速させ、どの要因が成長を阻害するのかを理解することができます。また、これにより、リソースの最適な配分や、成長を持続させるための戦略的な意思決定が可能となります。

まとめ

「スタートアップ・システム・ダイナミクス」の狙いと考え方の概要についてご紹介しました。第2回以降では、「スタートアップ・システム・ダイナミクス」の各論について説明していきたいと思います。

連載「スタートアップのためのシステム・ダイナミクス」
第1回:スタートアップ・システム・ダイナミクスとは
第2回:グロースのシステム・ダイナミクス①
第3回:グロースのシステム・ダイナミクス②
第4回:停滞と再成長のシステム・ダイナミクス
第5回:経営会議のシステム・ダイナミクス
第6回:PDCAのシステム・ダイナミクス

【参考文献】
- ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」
- 西村行功「システム・シンキング入門」
- バージニア・アンダーソンほか「システム・シンキング」
- 湊宣明「実践 システム・シンキング」


いいなと思ったら応援しよう!