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スタートアップが大企業と連携するときの5つの留意点

 こんにちは、GLOBIS CAPITAL PARTNERSの野本です。

 今年の2月に「成功するアライアンス 戦略と実務」を出版させていただきました。編集者の方からのアドバイスに従い、ターゲット読者を広めに設定した執筆した結果、おかげさまで、大企業/CVC・スタートアップの双方から多くの相談のお問合せをいただいております。

 一方で、両方の立場に配慮して中庸な路線に仕上げた結果、本書には若干歯切れが悪い箇所もあるなと感じています。
 そこで本稿では、スタートアップ側の立場にフォーカスして、スタートアップが大手企業と連携するときの留意点を抜粋していきたいと思います。なお、以下はあくまでも一般論としての留意点です。例えば、ディープテック系のスタートアップの場合は、大手との協業を通じてPMFを目指すケースも少なくありません。ご注意ください。

1.PMFしているか?

 何はともあれ、スタートアップが大手企業とアライアンスを実施する前提として、この項目が最重要であると考えています。

ベンチャー企業としても、顧客を満足させるプロダクト・サービスを提供し、それが適切な市場に受け入れられている状態(プロダクト・マーケット・フイッ卜)が達成されたら、ホールプロダクトの構築を意識して、アライアンスを上手に活用したいところです。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)
ベンチャー企業の立場からしても、競争力のある技術やビジネスモデルが構築でき、プロダクト・マーケット・フイットを達成すれば、その先のホールプロダクトを実現するための経営資源は大手企業から事後的に調達することも可能なのです。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)

 本書では「PMFが達成できたら、アライアンスも検討に値する」というまろやかな表現になっていますが、本音としては、PMFする前のタイミングにおいて、大企業とのアライアンス(提携・資本業務提携)を実施することは、原則として避けるべきだと考えています。
 この後に出てくる項目とも関連するところですが、PMFが達成できるまでは、そもそも何を売るのか、何がコアな付加価値なのか、何がコアコンピタンスで、何が「オセロの四角」なのか、ひいては何については外部依存していいのか、の線引きができません。その中でアライアンスを実施してしまうと、「本来自社で確保しなければならない経営資源がない」と事後的に気づくことにもなりかねません。
 また、自社の軸となるプロダクトがあいまいである結果、大手企業の個別要望ひとつひとつに応えたくなる誘惑にかられてしまいます。そうすると、もともと汎用的なプロダクトを中心とした事業を想定していたはずが、気づけば受託事業が収益の中心になってしまう可能性があります。
 なお、PMFの定義・見極めについては、さまざまな解説記事がありますのでここでは深入りしません。

2.「オセロの四角」を手放すことにならないか?

 PMFと同じくらい重要な論点として、「オセロの四角」の議論があります。「オセロの四角」という言葉は多義的に用いられていますが、顧客への付加価値向上に資するだけでなく、ディフェンシビリティ(moat)の構築にも資する、ストックされていく経営資源であると個人的には理解しています。
 例えば、サブスクリプション型のビジネスであれば、いかにディープに顧客接点を押さえるかがポイントになるケースが多いのではないでしょうか。であるにも関わらず、トップラインの成長にこだわりすぎるあまり盲目的にアライアンスを通じて代理店を活用するのは、「オセロの四角」を手放すことにつながりかねません。
 例えば、本書でも以下のように説明しています。

チャネルパートナーは……顧客や消費者とのコミュニケーション接点をも提供します。そのため、顧客や消費者からは、サービス提供者・メーカーよりもチャネルパートナーが重要な存在として認知されていることもあります。特にインターネット産業やデジタル産業では、顧客や消費者は、チャネルパートナーに対して、プロダクト・サービスの目利き、コンサルテーションや導入支援をしてくれる「付加価値再販業者」としての深い信頼を寄せることが多いといえます。顧客・消費者は、付加価値再販業者は解決策を提供する能力がある一方で、サービス提供者やメーカーはコモデイテイである構成部品を提供しているにすぎないと認知してしまうケースすらあります。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)
サービス提供者やベンダー・メーカーとしては、チャネルパートナー生殺与奪の権利を与えずに中長期的な目線で安定した事業展開を行いたいのであれば、チャネル等の販売資源を自社で猫得し、顧客・消費者との接点を維持することが戦略上非常に重要になります。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)
アライアンスを行った結果、パートナー企業に実質的に支配されてしまうリスクも考慮しなければなりません。特に、自社の事業の中核となるコンピタンスを、アライアンスを通じて調達し、かつ、それを他の会社に求めることが困難であり、内製化することもできない場合、自社の事業の生殺与奪の権利をパートナー企業に握られてしまいます。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)

 アライアンス相手に従属する立場にならないようにするためにも、自社事業にとっての「オセロの四角」を明確にする必要があり、また、その前提として、事業のPMFを実現している必要があるのです。

3.アライアンスにより調達したい経営資源、達成したい目標は明確か?

 アライアンスに限らず、すべての経営上の打ち手に共通することですが、その打ち手を通じて何を実現/獲得したいか、何をもって達成とみるかについてはあらかじめ明確にしておく必要があります。

重要なのは、中長期的な経営戦略を描き、その戦略目標を達成するために必要でありかつ不足している経営資源を事前に具体的に特定しておくことです。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)
アライアンスの戦略を策定する際には、 まずは戦略目標を明確にして、それを達成するための最適な手段を選ぶ観点から検討しなければなりません。アライアンスではなく、例えば必要な経営資源を自社で調達することが、定めた戦略目標の達成に最適なのであれば、アライアンスの実行はむしろ遠回りになりえます。ところが、自社の戦略目標が不明確なままパートナー候補企業と接触してしまうことも少なくありません。また、アライアンスを打診されたとおりに受動的に検討を進める場合にも、戦略目標が不明確なままになりがちです。これらの場合、必ずしも適切とはいえないアライアンスを実施することになり、結果的に自社の事業の成長を阻害する原因になりかねません。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)

 アライアンス全体としての戦略的・定性的な目標はもちろん、それに加えて定量的・客観的な目標値を設定しておくことが理想です。
 この目標設定は慎重に行う必要があります。例えば、アライアンス先の販路に期待して、ソフトウェアの販売・営業を依頼するとします。そのときに、単純に「契約件数」だけを目標として設定してしまうと、すぐにチャーンするような顧客への販売が行われてしまう可能性があります(すくなくとも、そのようなインセンティブ設計になりかねません)。獲得したい顧客像として、ARPU、ひいてはLTVについてもしっかり認識を合わせておくことで、こういった事態を避けることができます。
 また、その際には、大手企業側担当者のインセンティブ設計に留意が必要です。最近では少なくなってきている印象ですが、例えば大手企業側の担当者が「この四半期で何らかの取り組みを1件開始すること」という目標を背負っている場合、実際にキックオフしたあとのプロジェクト推進に苦労します。本書においては以下のように説明しています。

加えて、特にベンチャー企業が大手企業とアライアンスを組む場合に注意が必要なのが、カウンターパートとなる担当者が社内においてどのような目標を背負っているかを確認することです。アライアンスプロジェクトとして目標を設定したとしても、担当者が、それと異なる社内の目標を背負っていることがあります。社内の目標が人事評価等と紐づいていることが多く、その場合には後者の目標が優先されてしまいます。これは、担当者個人の問題ではなく、インセンテイブ設計という仕組み上の問題です。社内の目標を変更できるかどうかは企業によりますが、少なくともアライアンスとしての目標と、担当者個人の目標に齟齬が出ないように、すり合わせをしておく必要があります。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)

4.本業の範囲内で、アライアンス相手への価値提供ができるか?

 スタートアップが「オリジナルのプロダクト・ソリューションを再現性ある形で成長させなければならない」ことを前提とした場合、大手企業とのアライアンスにおいて汎用性のない個別作業・追加作業を行うことは、非効率となってしまうことが少なくありません(もちろん、あえてプロフェッショナルサービスとして個別対応を提供して稼ぐという戦い方もあります)。

特に、大手企業との契約において注意したいのが、特殊資産への投資を可能な限り避ける、という視点です。ベンチャー企業としては、大手企業と深いリレーションを築いて巨大な顧客基盤を活用するために、大手企業の要望を可能な限り反映した提携を実現したいと考えるケースも多いのではないでしょうか。しかし、……汎用性のないプロダクトを開発する場合にも事業の拡張性が失われてしまいます。もちろん、成功する企業は、顧客の要望を汲み上げ、顧客の要望に応えるように積極的に技術や人材に投資する企業です。しかし、一方で、拡張性のある事業を構築するためには、多様な顧客にとって広く価値がある技術・知識・スキル・ソフトウェアなどの汎用的な資産が蓄積されていくようにしなければなりません。そうしなければ、最終的に特定の顧客に尽くせば尽くすほど、その顧客にとって便利で価値のある存在にはなれても、交渉力を失い、その顧客のどんな要望にも対応する「都合のいい相手」になってしまいます。(「成功するアライアンス 戦略と実務」)

 逆に、大手企業との提携において(開発費を受け取りつつ)開発したプロダクトを他社にも横展開できるというケースは、「本業の範囲内」として非常に効率的です。このような、PoC/コンサル的な案件からの水平展開については、こちらの記事でも言及していますのでご参照ください。

5.相互補完関係はあるか?

 スタートアップ x 大手企業に限った話ではありませんが、うまくいくアライアンスには、当事者間の相互補完関係があります。

自社とパートナー企業の強みと弱みがうまくマッチし、相互に補完できるwin-winの関係があるからこそ、アライアンスとして長期的なリレーションを構築することができます。つまり、いくらパートナー企業が自社に不足している経営資源を保有していても、相手が自社からは何も得られないという不公平な関係は長続きしません。

 この点について、スタートアップの視点からさらに一歩踏み込めば、「スタートアップから見たら補完関係があるが、大手企業側からみて補完関係がない場合」には注意が必要です。
 この場合では、まず、スタートアップが一方的に「助けてもらう」立場になってしまい、契約交渉の立場も劣位に置かれてしまいます。大手企業側もスタートアップから同様に助けてもらう要素があるからこそ、対等な立場にて協議することができ、結果としてフェアな契約条件に着地します。
 また、大手企業側からみて補完関係がないとは、スタートアップと連携しつつも「いざとなれば、自社でやれる」ということを意味します。そうすると、スタートアップの取り組みを観察したうえで、大手企業側が自社で同じ事業を構築することができてしまいます。こういった点について、契約を通じて類似サービスの開発を防止することも重要ですが、スタートアップのマインドセットとして、そもそも相互補完関係のない大手企業に近づくことに注意する必要もあります。

まとめ

 この他にも、本書では、大手企業の「色」がつかないかなど、いくつか留意すべき点を記載していますが、主要なポイントは上記のとおりだと理解しています。
 大手企業とのアライアンスや資金調達を検討中のスタートアップのみなさん、事前に論点整理などオンラインでも実施しておりますので、遠慮なくご連絡くださいませ!


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