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かみさま

今にも忘れてしまいそうな、遠い昔の風景。
わたしのそばには、いつもかみさまがいた。
それが、母たちの温もりだったのか、柔らかな陽の光だったのか、もう定かではない。
ただ、やさしく、包み込むような、それでいてすうっと冷たい。
そんな気配がいつもわたしの周りを覆っていた。
霊感、あるいは子どもの時にしか視えないようなものの類いなのかも知れないが、わたしはその気配をかみさまだと思っていた。
かみさまの気配は、「もうひとつの家」のような感覚がしていた。
家族がいる家と、もうひとつ、わたしだけが帰る空っぽの器。
そして、かみさまがいるときは、死んでしまっても大丈夫な気さえしていた。
幼かったわたしが死の概念を理解していなかったのも原因だと思われるが、死んでしまっても、なんとなく「もうひとつの家」に帰るような感覚しか想像できていなかった。

物心がついてから、かみさまの存在が薄れていった。
そうすると、どんどん孤独を感じるようになった。
無条件に自分のそばを包んでくれるかみさまがいなくなった。
その時、かみさまとも、母のへその緒とも繋がり直せない、本当の一人ぽっちになった感覚がした。

歳を重ねるごとに、かみさまの感覚は消えていった。
しかし、今でもかみさまに会える時が稀に訪れる。
秋の日が昇る前の、少し空気が冷たい瞬間。
あのときに、ふいとかみさまの気配を感じる。
そんなときは、少し安心する。
昔に戻ることは出来ないが、忘れることで、大人になっていくんだろうな、と時々思う。


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