死なないでいてください どうか、死なないでいてください 否が応でも肉体は朽ちていくのだから どうか時があなたを定めるまでは 死なないでいてください 耐えかねる朝はあるでしょう 内臓を吐き出し続ける夜もあるでしょう 地面がなくなることも、脳みそが息を止めることもあるでしょう 目が見ず、耳が聞かず、大好きなあの人ですら空虚なコケシとなるその時でも、死なないでいるという抵抗にしがみつくのです あなたが息を繋いだコンマ数秒は、すべて蓄積していきます 望むと望まざるとに関わらず
寂しさと優しさを心得た季節の風 その中に佇む君を見た。 どんな雑音も、蝕むことはできなかった。
蛹の内側を覗いてみれば、その悍ましさ虚しさに恐怖を覚えるだろう。 私はもはや、君たちとのこの小さな息吹の中に、自らの産声をあげることになんらの欲求も感じない。 だが無くなるわけではないのだ、何も。 ことことと煮込まれたものは煮崩れて消滅するのではなく溶け込んでいるだけなのだ。 波すらも起こさないほどに溶け込んでしまったとしても、それらが細胞となり羽根を形作るのと同様に、我々の時間が交差し離れてゆくこともにっこりと微笑んでしまえばなんてことない。 事を成すには優しすぎる そ
君の臆病で貪欲な瞳が、毒牙とも言えるそれが、大衆の去った桜の元に堅実な意思を帯びて光を放っていた
言葉を溜める。 まるで血を溜めるように。 少しゴム臭のする柔らかな手を肘の内側に当てられて、なるべく気付かないように、さっくりと傷つけられる。 採血よりも微妙な速度で言葉を抽出していく。 ぽたり、ぽたり、と吹き溜まっていく真っ赤な言葉たち。 昨日読んだ小説に自傷行為のくだりがあって、私には一生縁のないことだと歯を食いしばりながら読んでいたけれど、それに似たことはみんな何かしら持っているのかもしれない。 溜まりゆく言葉たちを見ながら弛んでいくこの気持ちも、彼女たちの乾いた黒目
私から見えた景色をどれだけレンズに収めようと思っても、それ通りには決して収まらない。 私の世界を知っているのは私だけであるという当たり前が、いつかのあの人の中にも同じように響いていて、それをこんなにも静かに空洞に吐き出したあの人の芸術を想う。 もういついなくなっても良いと思うことが増えて、そんな浅はかな感情を抱えているうちはいなくなれることもないのだろうなとも感じていて、だからせめてしがみつけるものを懸命に見つめながら日々を過ごしているのだろう。 何ものとも距離を取って生きて
真実を映す鏡が何を訴えてきたとしても、瞼を閉じて思考を空に浮かべれば、君は天使にもくらげにだってなれるよ
私が血のように愛するものは、それ以外のものによって生かされている。 君を愛して愛して愛して果てるためには君以外の時間が必要で、君との距離によって生まれる豊かさが私のパフォーマンスの肉となる。 どうあっても絶対に最後は君に辿り着くから、もはや抗わず共に笑おう。 軽快なミュージックが靴底を数ミリ持ち上げて、僕たちの世界は羽みたいに光りだす。 可愛いね、可愛くて仕方がない、君の放つ吐息とそれに交わる僕の人生。 君に音楽の才があって良かった。 / 君に色の才があって良かった。 /
なるべく背筋を伸ばして、高い位置で息をする。この世界で沈んでいくのは容易なことだから。
私があなたに歩みきれなかったのは、完全に私の中だけでの幸福だった。 あなたが花でなくて良かった。もしも本当に花だったなら、私はあなたを摘み取らんとするこの手を切り落としていただろうし、いずれあなたを枯らしてしまうこの大地を呪って負け戦の中を泥々と生き続けてしまうだろうから。
さようなら、可愛い可愛い私の星。 涼やかな夜の風におやすみ。 あと何度朝が来たって決して醒めない微睡を、貴方の中に灯してあげるから。
車窓を水平に直走る雨粒が流星群みたいで、これに願えばあと何回の明日を手に入れられるんだろうと思ったんだ
生活というものの傲慢さが、不躾に死を蹴り倒していくから嫌いなのだ。 私たちは常に生きていて、生きているということは死と隣り合わせになっていて、明日あなたの目を見れない確率なんて容易くそこいらに転がっているのに、大切な人の頬を撫でる時間さえ蝕んでくるのが鬱陶しい。 全部と全部に負けないパワーが欲しい。 あの人の鼓動みたく跳ね回って言葉みたくキラキラ輝いて呼吸みたく永遠なこの一瞬を生き抜きたい。 視界の隅から青が押し寄せてくる。 轟轟と降り注ぐ飛沫がスポットライトを浴び、小
思い立って、最寄りの駅を通過して、虹へ向かう。 ふわふわの脳みそで。それ以外の全てを捨てて。 生きていれば一度は手に入れる思い切りの良さ。 願っても手に入らないそれが突如転がり落ちてきて、僕はひたすらに明日を見て、鳴り響く期待の渦に飲み込まれていく。 大きな大きな意志で、置いていかれる全ての人にイタズラな笑みを渡して、自分だけの心を渡っていく。 全部忘れていいよ。僕のこともお母さんのことも。全部忘れていい。君以外の全て、取るにたらない有象無象。 機械的に侵入者を責め立てるパチ
過ったのは、季節も忘れた満月の夜。 「月下美人が咲くんだよ」と言われて少し無理をして夜更かしして、植物園みたいになった庭であの人の手を見ていた。 大人になってから、一年に一度しか咲かないという逸話が単なる俗説に過ぎないと知ったけど、それでもあの花は私に取って神秘的なままだ。 これまで何千何万と花に触れてきたあの人の手が、ほろりと花弁を摘み取る。 器に入れられお酢を添えて差し出されたそれは食べ物と認識するには少し美し過ぎたけど、迷いを知らない年齢だった私は躊躇うことなく口に含ん
知っている。 幼き日のくるくるとした心は大人になって無くなるのではなく、生活の中に押し流され擦り潰されているだけだということ。 悲しい大人が時々取り出して、ぽろぽろ泣きながらお日様にかざしたりしていること。