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酩酊

思い立って、最寄りの駅を通過して、虹へ向かう。
ふわふわの脳みそで。それ以外の全てを捨てて。
生きていれば一度は手に入れる思い切りの良さ。
願っても手に入らないそれが突如転がり落ちてきて、僕はひたすらに明日を見て、鳴り響く期待の渦に飲み込まれていく。
大きな大きな意志で、置いていかれる全ての人にイタズラな笑みを渡して、自分だけの心を渡っていく。
全部忘れていいよ。僕のこともお母さんのことも。全部忘れていい。君以外の全て、取るにたらない有象無象。
機械的に侵入者を責め立てるパチ屋の看板が乱反射する雨上がりの路地裏を駆け抜けながら、ひたすらに甘すぎる果実の夢を見る。
誰にも伝えないぞというおこちゃまで強固な意思だけは、文字通り誰にも話さずに今日まで生きてきた。
結局は分かり合えない生き物が物分かりの良いフリをして触れたり触れなかったりしながら社会を形成しているけれど、その弱さと、その生命力で、僕のつまらない鼓膜を破り捨ててしまいたい。
全人類を愛しているという本音は結局のところ誰一人として愛すら抱いていないという証明に十分だけど、そんなことどうだって良い。
他人にとやかく言われるほどやわな人生いきちゃいないし。そもそもお前を知らないし。

あぁ。

あぁ、僕は。

また僕は。

たった1人の君すらも彼方に追いやって、いまだ走り続けてしまうんだね。
話すことはもうないよ。終着駅が急きたてる。
虹の麓を見つけた者は願いを叶えることができると、幼き日の言い伝えの中にあった。
あの嘘は、西の魔女の焼くパンの香りと共に、僕の中に息づいている。
冷めてほしくないピンクの朝が、ぼんやりと浮かび上がって水平線に連なっていくみたい。
全部全部幻だ。
まるで昨日の夢のように。
時がくれば砂の如く解けて、僕はもう振り返ることもないだろう。
さようなら、可愛い僕。
穏やかな窓の奥に、夜と共に旅立っておいで。

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