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フラメンコ先輩

 通常片道10キロくらいなら自転車で移動するのだが、よく通る道にスペイン大使館の関連施設がある。そういえば先輩がSNSに投稿してて、スペイン関連のイベントが行われたり、スペイン語を学んだりできるらしい。そのうち会うんじゃないかと思っていたら、会った。数年振りだ。日をあらためて、呑むことになった。当然、その日は自転車ナシ。なにせ先輩はザルというかタルほど呑む。

 大学の先輩なのだが、高校も一緒だったこともあり仲良くなった。高校といえば、1年間だけ同級生だった山本KIDさんが亡くなられた。同級生で一番の有名人。ご冥福を祈る。

 先輩は先月からスペイン語を学んでいる。というのもフラメンコを20年も続けていて、銀座で教室を開いている大先生のサポート役として指導するほどの腕前だという。本場スペイン人の演者との共演もあり、もちろんスペインに行くこともあるので、スペイン語を本格的に学びだしたというのだ。エラい。

 そもそもなぜフラメンコなんて奇天烈なダンスをはじめたのか。
 友人たちとの卒業旅行で、安かったという理由だけでスペインに行ったそうなのだが、その1週間前にフラメンコをはじめたらしい。貯まったバイト代を何か身につくものに使おうと、お稽古雑誌をパラパラめくっていてたまたま目に入ったのがフラメンコだったそうだ。どうせ4月から働きだしたら続かないだろうと軽い気持ちだったのが、あれよあれよと20年だ。旅行先がトルコだったら全身にオイルを塗ったくって相撲を取っていたかもしれないし、イランだったらこん棒を振り回していたかもしれない。スペインでよかった。

 先輩は日本人の半分が使っているサービスを生み出す大企業に勤めていて仕事もかなり楽しかったのだが、徐々にフラメンコの方が楽しくなり40歳を前に退社した。とはいえ、フラメンコ1本では食べてはいけないので、一応フルタイムで働いてもいるが、フラメンコに人生を捧げ始めている。スゴい。
 「40過ぎて独身だとなんか不幸がられるの。私は毎日すんごく楽しいのに!」と軽く憤っていた。
 確かに好きなことにどっぷり浸かっている先輩は掛け値無しに生き生きしている。もはやどこに向かって行くのか想像もつかないが、ゴールなんて設定したところで無駄だ。思い通りにいかないのが人生だ。KIDじゃないがいつ人生が終わるかもわからない。それなら今すんごく楽しいことをやる方がいい。「楽しい今」を積み重ねていけば、未来はきっと幸せだ。ワインを注いだグラスを瞬時に空けていく先輩を見ながら、そんなことを思った夜だった。

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