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【不登園記録#7】3歳5ヶ月、今日から不登園始めます。

昔から、人と違うこと。外れていることが好きだった。

我が子が3歳5ヶ月で不登園になること。
それは私にとって多数派でなくなる不安より、成長責任を分散させられない不安が大きかった。

私との時間で彼の成長に必要な刺激は足りるか?

成長著しいこの時期の発達責任を100%私が持たないといけない気がして怖かった。

我が子の成長に対して言い訳ができなくなる。

◇ 罪悪感

仕事の引き継ぎを終えた。

同僚には、お休みする事情を細かく送って引き継ぎのお礼をした。
あくまで子どもが原因で私のメンタルがへこたれた訳では無いという認識を持ってほしかった。

バリキャリママというブランディングを壊したくなかった。
という自分だけがこだわっているプライド。

期末が近いところ、一人だけズル休みをするような気持ちで、ソワソワと休みはスタートする。

一週間は毎朝起きたらメールのチェックをしていた。
営業成績のボードも見に行った。

でも何もできない。何も起きない。もうやめようと思ってPCを閉じる。

同僚からはゆっくり休んでね。と温かい言葉をもらった。でも毎日朝から晩まで3歳児と一緒の生活。ゆっくり休むとは程遠い。

でもそれが罪悪感を軽減させてくれた。

家で丸まって休んでいる私ではなくて、子育てという仕事をしている私なんです。と言い聞かせた。

なぜだか分からないけど

私の中に役目を果たしていないと、ここに居てはいけないという感覚がある。大袈裟に言えば、価値を発揮していないと生きている意味はないと思ってしまう。

だから、常に何かしらの役割を自分でまとって、その不安を必死に抑えている。

自分のキャパを超えた負荷をかけてしまうのも、多分、価値を発揮できている実感が必要だから。

◇ 過密スケジュール

保育園に電話をした。
最初は、毎日行けるか本人の様子を見ながら連絡しようと思っていた。

でも子育て広場で、先生への毎朝の電話が辛いことを相談すると、「思い切って、1週間休みますって先に言っちゃおう。」と提案された。

電話のときにどんなテンションで話したらよいか分からないと泣き、先生役をやってお手本を見せてもらった。

その通りに電話をした。とてもスムーズに気持ちも楽に伝えられた。一つ肩の荷が降りた。

この保育園を休むことにした一週間、私は超過密スケジュールを組んだ。

  • 遠方から帰ってくる妹の歓迎会

  • 児童精神科受診

  • 英会話教室の体験

  • 受給者証の発行

  • 子どもの歯医者

  • ディーラーで車買う

  • 二人目不妊の病院受診

  • 児童発達支援7箇所見学

1ヶ月で今の不登園状態を脱する為に、4週間ごとに区切って目的とゴールを設定した。不安が何かをやっていないといけない気持ちにさせた。

合わせて、貴重な平日休みの期間でこなせることをやっておきたかった。1ヶ月後には仕事に戻るのだから。

1日に2,3個のスケジュールを入れた。
埋まったカレンダーを見て安心感を抱く。

◇ 彼の様子

今日からしばらくは保育園をお休みしよう。と言う。

目を輝かせて喜ぶとかではなく、安心したように「うん。」と小さく頷いた。

1週間かけて、緊張や不安で固まった身体と表情が溶けていく。
夜も2,3回うなされて起きていたのが1週間後には全く無くなった。

パウ・パトロール以外の動画も楽しくみるようになった。

大好きな彼の笑顔が戻ってきた。おちゃらけるようになった。

ホッとした。嬉しかった。可愛かった。

もちろん母が立てたあのスケジュールは彼には負担だった。

親子英会話の体験に誘った時なんて、「なんで行かないといけないの?」と言われて
「ママがどうしても行ってみたいの。親子で行かないと行けない場所で…ママと来てくれる?」と言う。

すると、「僕は行かないからママとおばあちゃん(私の母)で行ってきたらいいよ。」と返される。

笑ってしまった。そうそう彼はこういう頭の回転の良さと周りを笑わせる返しをする子だ。

大好き。

結局は行くけど近くにあるマックでハッピーセットを買おうか。と彼から提案されて、付いて来てくれることになった。

英会話教室では、無表情で保護者のように私を見守る。私は下手くそな発音でネイティブの先生とニコニコと初見の英語の歌を沢山歌った。


ここ一週間を観察していると、予定に見通しが立たなくてパニックになるような様子はなかった。
なぜやるのか納得すればいいし、ママがいるならいい。といった感じだ。

児童発達支援の見学に行った時もマジックミラー越しに母子分離が1時間ほどできていた。

でも納得できなかったり、ストレス値が高い時はずっと抱っこを求められる。

24時間を7日間。お互いの存在を0歳ぶりにしっかり感じた一週間だった。

保育園に行く日々よりも、はるかに穏やかな毎朝がきて、私は朝が怖くなくなった。

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