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現代の声楽曲、とは?

こんにちは。先日の自己紹介の記事を書きながらふと、この話どのくらいの人にわかってもらえるのかしらんと思いました。そのため今回はせっかく専門分野として勉強しているので稚拙な知識ながら現代の声楽曲の大まかなジャンルについてゆるやかに書いてみようと思います。

まず現代音楽とは

巷でよく聞く「現代音楽」という言葉。定義が様々、議論も活発ですが、とりあえず20世紀後半以降のクラシック音楽を指すというのが一般的ではないでしょうか(Wikipediaにものすごーく詳しい解説が載っていたので興味ある人はそちらをぜひ)。私の感覚ではいわゆる戦後ダルムシュタット三羽烏(シュトックハウゼン、ノーノ、ブーレーズ)の台頭あたりに区切りを置く印象です。ただ個人的には21世紀も1/5が過ぎようという今、そろそろ近代音楽という区分けを作っても良いと思うのですがどうでしょう?

そんなわけで現代音楽も気付けば長い歴史があるのでこれまでにセリー楽派、スペクトル楽派、新しい複雑性などを始め実に様々な流派がありました。そして最新、まさに今はそれらや他の芸術がまたゆるやかに結びついて混迷を極めている状態なので、今回は作曲の流派でなく声楽を含む編成でジャンルを分けたいと思います。

声楽曲のジャンル

さてそれではそんな現代音楽における声楽曲にはどのようなジャンルがあるのでしょう。クラシックの区分にそって声楽曲を大まかに分けるとオペラ、歌曲(リート)、合唱あたりでしょう。実際に多くの音大でも修士以上になるとオペラ科とリート科は明確に別れていますし、合唱科が設けられているところもあります。さらに現代音楽に焦点を絞っていくと今あげたジャンルにおける現代音楽を勉強できる現代音楽科に加え、自己紹介の記事でも紹介したようなコンポーザー・パフォーマー、いわゆる自作自演的な要素を勉強する科や即興演奏科がある学校もあります。もちろんこれらのジャンルを横断するような曲も往々にしてあり、声を使う、といっても求められている能力や何がよしとされるかは、状況により全く異なるのが実情です。しかし現代の声楽曲といっても色々あるということを知ってもらえればと思い、私なりに分けてみたそれぞれのジャンルの現代音楽、声楽曲事情について少しずつ触れてみたいと思います。

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オペラ

総合芸術であるオペラは個人ですることはほぼ不可能ということもあり(モノオペラというジャンルもありますが)、歌手にとってある種、憧れの分野という地位を得ています。また歌劇場が作曲家に新作を依頼するというのは古くからの伝統であり、それは現在においても脈々と受け継がれています。さらにその性質から映像、衣装、ダンス、電子音響と幅広く色々なジャンルとコラボレーションが実現しやすいという意味でも魅力的な分野といえるでしょう。

基本的に大きいオペラハウスでは歌手はすでに大きな劇場に響く豊かな声、そしてベルカント唱法を訓練されており、彼らのために書くことが前提となることが多いです。もし新作初演などで特殊な現代唱法を用いたいのであれば、そのために専門のソリストを雇うことが多いでしょう。しかしここ数年で欧州の歌劇場ではアルバン・ベルクの「ルル」や「ヴォツェック」、リゲティ「ル・グラン・マカーブル」、ジョン・アダムスの「中国のニクソン」などの作品は前よりもずっと多く上演されるようになりました。コロナ禍で厳しい状況に立たされている今、室内オペラや現代オペラに活路を見出そうという動きも様々な劇場でみられます。こちらで活躍するオペラ歌手にとって音程が難しい、話すもしくはシュプレッヒゲザングが含まれているというのはもはや当たり前のこととして受け入れられているのではないでしょうか。

ムジークテアター

より実験的な要素を求めた作品は、ムジークテアター(Musiktheater)という、オペレッタやミュージカルよりもさらに演劇に近いコンテクストの小規模な音楽劇のジャンルにて取り上げられることが多くあります。ムジークテアターは子供向けのオペラや新作初演の現場との相性がよくドイツや北欧ではよく見かけるジャンルです。こちらではより俳優としての要素、柔軟性が歌手には求められますし、ノイズを出したり語りが多い場合、ヘッドマイクをつけて歌うことも多いです。もはや歌手ではなく俳優や器楽奏者が歌ったり演技を行う場合も多々あります。 マウリチオ・カーゲルやハイナー・ゲッペルズの作品郡が有名ではないでしょうか。最新の動向はドイツ最大規模のMusiktheaterの音楽祭であるMünchener Biennaleなどで確認できるでしょう。

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歌曲

現代音楽における歌曲を大きく、ソロ、リートデュオ、室内歌曲、オーケストラ付き歌曲にわけてみました。それぞれの分野に名曲がたくさんあるのでもっと演奏頻度が増えると良いなと思います。

ソロ

現代音楽の花形とも言えるのではないでしょうか。自己紹介でも紹介したルチアーノ・ベリオのセクエンツァ3(Sequenza 3)をきっかけにジョン・ケージの「アリア」、アペルギスの「レシタシオン」など古今東西、様々なソロ曲が書かれてきました。ただ基本的には初演時に、作曲家が歌手の音域や話せる言語を厳密に想定して書いていることが多いせいか、エキセントリックな唱法を駆使するものが多かったり、もしくは再演するには色々と情報が足りない譜面が多いことも事実です。また両手があいていることをいかして楽器を持たされたり、演技やジャスチャーをさせられたり、電子音響付きの作品でスイッチを持たされることも往々にしてあります。このジャンルのパイオニアといえば前述したセクエンツァ3を初演したキャシー・バーベリアン(Cathy Berberian)でしょう。

リートデュオ

こちらが最も声楽家にとってはとっつきやすいジャンルかと。ピアノと声という古典的なリートデュオの形に書かれた曲たちです。いわゆる日本歌曲なども大枠ではここに入るのではないでしょうか。フランスでもオリヴィエ・メシアンや新しいものではベッツィー・ジョラス(Betsy Jolas)などが多く書いています。またドイツではハンス・ウェルナー=ヘンツェ(Hans Werner Henze)、ヴォルフガング・リーム(Wolfgang Rihm)やアリベルト・ライマン(Aribert Reimann)らの作品がよく取り上げられているのではないでしょうか。これらの曲はあくまでもリート芸術というコンテクストからか、テキストの内容と音楽的内容が近接していることが多く、特殊唱法が出てきても、それらを深く表現するための「拡張された」唱法としてが用いられることが多い気がします。ピアニストが喋ったり他の楽器を演奏することも多いです。

室内歌曲

現代音楽ならではの面白さはここに詰まっているといっても過言ではないジャンル、それが室内歌曲ではないでしょうか。その中でも大きく分けるとピアノ以外の楽器とのデュオ、指揮者なしで演奏可能な小規模室内楽にわけられるでしょう。前者はクルターク「カフカ断章(Kafka Frafmente)」、フィリップ・ルルーの「緑なすところ(Un lieu verdoyant)」など、後者はラッヘンマンの「temA」やジョージ・クラムの「フェデリコの小さな童歌(Federico's Little songs for children)」などは抑えておきたいところ。普段クラシックを歌っているとなかなか機会のない楽器とのコラボレーションが楽しめるのがこのジャンルの醍醐味で私は大好きです。声のみによる小編成についてはヴォーカルアンサンブルの項目にて。

オーケストラ付き歌曲

現代音楽においてはオケそのものが小編成ということもあり、いわゆるフルオーケストラ付き歌曲は少ないなと感じます。しかしメシアンの「ミのための歌」やデュティーユの「時の大時計」など気がつけばフランスものに歌いがいのあるスケールの大きい作品がいくつかあります。

そしていわゆる欧州標準の5−20人ほどの室内オケと声のための曲(これも室内歌曲とされることも多いですね)。個人的に作曲家の個性が詰まった名曲はこのジャンルに数多くあると思っています。ブーレーズの「ル・マルトー・サン・メートル(主のない槌)」、リゲティの「アヴァンチュール」「新アヴァンチュール」、グリゼイの「限界を超えるための4つの歌(Quatre chants pour franchir le seuil )」あたりが有名なのでは。歌手としては基本的に室内オケの楽器の一つとして歌っていくスタイルと、ソリストとして強く主張し語っていくスタイルと大きく二つに別れているように感じます。この辺の音楽の作りや好みの違いも作曲家や指揮者、共演者によって大きく異なるのでそれも興味深いです。

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合唱・ヴォーカルアンサンブル

このジャンルもどこまでも掘っていける名曲にこと欠かないジャンルです。今回は合唱(オペラ合唱とコンサート合唱)とヴォーカルアンサンブルに分けてとりあげようと思います。

合唱

まずいわゆる合唱はオペラ合唱とコンサート合唱に大別できます。オペラ合唱では合唱は民衆や集団など役の一つとして機能し、演技も求められます。またオペラでは暗譜が前提の上、現代作品では劇場内で分散して歌うこともよくあるためあまりにも複雑なことをするのはなかなか難しいといえるでしょう。しかしラッヘンマンのオペラ「マッチ売りの少女」の合唱パートのようにかなりの難易度を求める曲もあります。

それに比べてコンサート合唱曲は、放送合唱団のような1つの楽器として統一された声を持ち、複雑なことにもなんなく対応できる団体のために書くことが多いです。名曲も数多く、例えばフランク・マルタンの「無伴奏二重合唱団のためのミサ」、邦人作品ならば間宮芳生の「合唱のためのコンポジション」などはもはや定番になりつつあるのではないでしょうか、というかなってほしいところです。さらに現代音楽においてはコンサート合唱の中でも小さい編成で書かれたものも数多く、それらはヴォーカルアンサンブルとして紹介します。

ヴォーカルアンサンブル

いわゆるヴォーカルデュオから始まり、各パート8人×4(32人)前後の編成の合唱をヴォーカルアンサンブル(Vokalensemble)と呼びます。合唱よりさらに小さい編成のため、歌手がお互いに声質をさらによせることができ、ユニゾンになった際には本当に一人が歌っているような効果をあげることも可能でしょう。クセナキスの「夜」、メシアンの「5つのルシャン」、リゲティの「ルクス・エテルナ」あたりはその金字塔と言えます。たくさんの声が生み出す倍音や微分音やグリッサンドは独特の素晴らしい魅力を放っています。

また指揮者を必要としない8人以内のアンサンブル、ヴォーカルデュオ、トリオから6人くらいの曲ではソリストとして活躍する歌手が集まって演奏することも多々見受けられます。また可動性の高さをいかして演技をしたり動いたり、ソロパートが与えられる場合もよくあります。3人の女声のための(1人の歌手による多重録音で演奏されることも多い)モートン・フェルドマンの「Three Voices」や6人の声とマイクのためのシュトックハウゼンの「Stimmung」あたりがよく知られているでしょう。

このジャンルも名曲だらけですが如何せん演奏に参加したり実演に触れる機会がなかなか多くないのが難しいところです。

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その他

コンポーザー・パフォーマー

音楽と美術、演奏と作曲の境界線を越えようという動きはいつの時代もあり、現代音楽のフィールドでそれらを実践しているのがコンポーザー・パフォーマーといえる人たちでしょう。彼らは作品を作る作者でありながら演者として歌い、演技し、演奏し八面六臂の活動を行っています。それの旗手といえるのがメレディス・モンク(Meledith Monk)や、ジェニファー・ウォルシュ(Jennifer Walshe)、少し毛色は違いますがアガタ・ズーベル(Agata Zubel)あたりもそうとらえることができるのではないでしょうか。舞台芸術の変革が進む中、この動きはこれからもっと加速していくのではないかと思っています。

伝統歌唱

現代音楽のコンテクストに各地の現代音楽を混ぜ込むというスタイルはその新規性も相まって一定の人気を得ています。その中でも日本の能の謡や小唄、御囃子などは発声法が西洋の声楽的発声と根本的に異なるので素材として興味深いのか使いたがる作曲家が多いと感じます。もちろんそちらの訓練を受けた人しかできないテクニックですからこうした作品を上演する際にはクラシックの歌手ではなくソリストとして各々の伝統歌唱のスペシャリストを招待する形になるでしょう。

また倍音唱法(ホーミー)も人気があり、ホーミー講習会なるものも各地で開催されているようです。バス歌手のニコラス・イシャウッドのようにクラシックの歌手でありながらホーミーも駆使する演奏家も稀にみます。しかし通常の声楽の勉強をしている中で習得することはなかなかないので、作品の中で一瞬飛び道具的に用いることはあっても実際にテクニックとして浸透するのはなかなか困難なようです。

即興演奏

即興演奏にもいわゆるオルガンの即興演奏やサウンドペインティング、ジャズの即興、身体表現、言語表現と結びついた即興、ノイズによる即興など幅広いジャンルがあります。どちらにせよ手持ちの音楽言語の多さ、そしてとっさの状況に合わせてそれらを繰り出せる反射神経的な能力が必要とされるのでこちらも普段の演奏とは異なる能力が求められます。マイクを使うこともあればノイズ、ポップスのような歌い方も当たり前のように用いられるでしょう。また楽曲の中で即興が指示されている場合もあり、その場合は既存のコンテクストを読み取り反応していくことが必要とされます。現代音楽のジャンルも様々に拡がる現在、即興演奏を重ねる経験は歌手としてのフレキシビリティーを延ばしたり新しい自分を発見する方法として非常に有益ではないでしょうか。声による即興の名手としてはジョアン・ラ・バーバラ(Joan la barbara)やディアマンダ・ギャラス(Diamanda Galas)らがよく知られています。

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まとめ

現在進行形の芸術を言葉で簡単にまとめるのは困難を窮します。すべてをきっちりと分けてしまうことは不可能だからです。しかしその曖昧さこそがこのジャンルの面白みを作っているのではないでしょうか。どのジャンルにも横断的に属している作曲家や作品が必ずあり、そこに彼らの個性を見つけることができるでしょう。ここまで挙げたように現代の声楽曲にもさまざまなジャンルがあり、それぞれに独特の魅力があります。ぜひ興味がわいたものに触れていただき少しでもこの界隈の音楽の魅力を感じてもらえると嬉しいです。

最近は現代音楽についても、新しい声楽曲についても論文や文献が増えてきていて楽曲の情報収集がしやすくなっています。またその辺の話についてもどこかでまとめられたら良いなと思います。

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