パーラメント

渋谷を好きになったらお終いだ。そうやって渋谷にたまっている人を馬鹿にしながら池袋を彷徨っている。
行く宛もなく、ふらふらと同じ道を行ったり来たり。赤い髪をしたお兄さんが「ねぇねぇ」と後ろから近寄ってくる。
「ねぇ、かわいいね」
擦り切れてそうな微笑みが、あたしに向けられていた。ブーツに黒い革ジャンが似合う男。嫌いじゃないけど、好きにはなれない人種。
ねぇ、待ってよ。無視して通り過ぎるあたしのあとをついてくる。これが柴犬だったらなぁ。そう思っているあいだにも男は無駄にねぇねぇを連呼してくる。
男の耳に無駄にあいた穴を見つめて、ふと歩みを止めた。その軽薄そうな外見の奥にさみしさがいるのだろうか。そんなことを思ったら、無駄の多い男も許せる気がした。
生きることと死ぬこと。どっちもたいした違いはなくて、それでも、みえない世界に飛びこむ勇気はあまりない。でも、死んじゃえば全部チャラになるんならやったもん勝ち。一度うつむいてから、男の瞳を包み込むように微笑んだ。

しゃれた喫茶店に入って、コーヒーを注文したあたしに、サンドウィッチをすすめてくる男の好意を断る。でもここでケーキじゃなくてサンドウィッチを選んだその感性は嫌いじゃないなと思う。
「ねぇ、かわいいね」覚えての日本語を繰り返すこどもみたいに彼は口にする。
「ねぇ、知ってる?あたしに声をかけたとき、後ろからだったよ」
目をぱちくりと瞬いて首をかしげるその姿に、なんとなく笑った、それも周りの喧騒にまぎれて溶けて消える。あつあつのコーヒーが、思考を鈍らせる。胸ポケットからちらりと顔をだしている煙草の箱に見覚えがあった。途端に記憶が鮮明にあふれだす。青い瞳を思いだして、息苦しい。もしかして夢の続きを見ているのだろうか。ぼんやりとした感覚を際立たせるかのように、重ねられた指。
「同じ寂しさの匂いがした」ぽつりともらした男の言葉にあたしは震える。
「君はあたしの寂しさを消してくれるかな」温もりを共有しているから少し期待してみる。あんなにおしゃべりだったくせに、困ったように、泣きそうな表情をして黙っている。
「寂しさって、なんだと思う?」
微かなぬくもりを受け取りながら、問いかける。形のよい唇が、軽薄そうな見た目を覆す。
「自分との距離、かな」
たっぷりと間をあけて出てきた答えは、まるではじめから決まっていたかのような安定感があった。妙に掠れた声は、ふざけた空気をひとつずつ打ち消していく。そこで彼はぱっと手を離した。そのまま煙草を取りだして火をつける。息を吸っては、吐くだけ。呼吸と変わらない行為に香りが飾りつく。淡白な、きれいに調理された匂いのするその煙がどこか懐かしい。

#詩 #煙草

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