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 ずびずびと鼻をすすりながら、真っ赤になった目からぼろぼろと涙を流す姿は、どれだけ滑稽だろうと思いながら、私は嗚咽を止めることができなかった。これが今生の別れならばまだしも、数日会えなくなるというだけで、どうしてそこまで泣けるのか。これではまるで御涙頂戴と言わんばかりのドキュメンタリー番組ではないか。馬鹿らしい。頭のなかでそう吐き捨てる偉ぶった自分の理性などお構いなしに、私の涙は止まらない。これから施設療養へと向かう夫は、私を抱きしめる訳にもいかず、冷えた私の足にそっと触れる。体調は大丈夫か、忘れ物はないか、口では相手を気遣おうとするが、感情はぐちゃぐちゃでそれどころではない。玄関先でぐずる所を見られるのは恥ずかしいので、なんとか大人らしく見送りを済ませると、家に入ってまたおいおいと泣く。我ながら、どうしてこんなことになってしまったのだろうと思う。他人のことでいちいち涙できる程、私には人情というものは無かったはずなのだが。
 家族愛だなんだといったドラマやドキュメンタリーを観ても、いまいちピンと来なかったし、あんまり好きになれなかった。卒業や引越しなんかの別れがあっても、みんなと一緒に泣くことはなかった。当然のように、自分は理屈っぽくて冷たい人間なんだと思っていた。それに、自分が冷静さや正気を保てなくなるような存在が、別に必要なものだとも思わなかった。それが私なんだと、受け入れて生きてきたつもりだった。今さらそんなに感情的になられても、正直困ってしまう。もしかしたら、夫と暮らすようになって少しずつ、私にも人らしい心が芽生えてきたのだろうか。慣れない感情に戸惑うことがあったとしても、知らなかった感情を知るというのは、人生経験のひとつとして悪くないだろう。相変わらず偉ぶっている私の理性に慰められて、ずびずびしていた鼻をかむ。これだけ目と鼻から滝のように水が流れていては、ウイルスもなかなか入ってこれないだろう。そんな皮肉を考えながら、気を取り直して、家の掃除と消毒に取りかかる。

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