見出し画像

戦場のピアニスト

戦争映画は観るのがつらいけれど、定期的に観ている。観ると精神が少しすり減るけれど、自分が如何に平和ぼけした幸せな時代を生きているかを思い出すことができる。

ユダヤ人が人種差別を受けはじめた頃から、終戦後ドイツ人が裁かれるようになるまでの経時的記録。主人公のユダヤ人ピアニストが目にするのは、子どもや老人にも等しく行われる非人道的な暴力や殺戮、過酷な環境を生き抜くために思いやりや恥を失ってしまったユダヤ人の卑しい行い。毎日理由もなく選ばれ、ふいに頭を撃ち抜かれて流れる血を横目に見る。明日は我が身のような惨状を、他人事のように、取り乱すことも出来ずに淡々と生き残っていく。

目も当てられないような酷い仕打ちを受けながらも、主人公は逃げる以外の抵抗はほとんどしていない。地下活動家や反乱を企てる人々に協力的ではあったが、常に人を殺すよりも人殺しから逃れる事を選び、武器を持って戦わなかった。彼を匿っていたポーランド人は、鎮圧された武装蜂起を名誉ある死と讃えたが、彼にとっては死に価値などないようだった。再びピアノを弾くことが出来る日をひたすら夢に見て、彼のピアノに聴き惚れたドイツ軍人からの食糧の提供も有難く受け取った。彼がもし他のユダヤ人と共に生き残っていたら、そのような行いは許されなかっただろうし、名誉のために殺されていたかもしれない。ある意味、彼は本作で唯一人種差別をしていない人間ではないかと思う。死に価値を見出さず、命の限りを尽くして生き永らえた。

これだけの過酷な環境で、家族を殺されながら、憎しみに魂を売らずに生き永らえる事が果たして出来るのだろうかと思う。多くの悲しみに涙を流しながら、彼の感情が怒りに変わることは一度もなかった。本作において彼は平和の象徴なのだろうと思う。怒りが原動力となって続いた殺し合いが終わり、再びピアニストとして脚光を浴びるラストからは、作り手の平和への願いが感じられるような気がする。

ウェス・アンダーソン監督作品のグランド・ブダペスト・ホテルに出演していたエイドリアン・ブロディを格好いいと思い、いつか観ようと思ってずっと忘れていた本作を観るに至る。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?