【1000字小説】永遠の応援団長
少しでも一緒にいたかった。
「ファミレス、来るの久しぶりだね」
娘は穏やかに微笑んだ。
「前来たのって、県総体の前だっけ?」
私も笑顔で言った。『ハンコで押したように同じ顔』とよく言われる笑顔で。
「そうそう。ママ、あの時も和風ハンバーグ頼んでた」
「あんただって、いつもカットステーキじゃない」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ」
目を合わせて笑った。
今までずっと一緒にいた。これからもずっと一緒にいたかった。
「寮、2時までに入らなきゃいけないから」
「そうだったね」
笑顔に混じる憂い。
中総体で努力と才能が認められた。
『是非ウチの高校に来て欲しい』
才能を伸ばすためには良い環境で練習した方がいい。ライバルがたくさんいる環境の方がいい。それは分かっている。でも……。
何度も考え、何度も話し合い、何度も言い争った。
『私、行ってみようと思う。自分の力を試したいから』
寮の前に移動した。
1時41分。
「45分になったら行くね」
一緒にいられる時間、あと4分。
会えなくなるわけじゃないし、連絡だって取れないわけじゃない。
でも今日家に帰ったらこの子はいない。
明日の朝も部屋から出て来ない。
握手をした。
「頑張ってね」
娘を勇気づけるためではなく、ただ娘のぬくもりを感じたかっただけかもしれない。
娘もキュッと握り返す。
決意の笑顔に滲む悲壮感。
込み上げるものを必死に我慢した。
悲しい別れじゃない。
認められて、さらに成長するための別れ。
笑顔で送ろう。
心に決めていた。
1時45分。
「じゃあ、行ってくる」
娘は荷物を持って、車のドアを開けた。
「忘れないでね」
私の言葉に娘は振り返る。
私は笑顔で娘の目を見た。
「どんな時でも私はあなたの応援団長だから」
娘は下を向き、目を閉じてうなずいた。
「行ってきます」
バタンと閉まる車のドア。
見えなくなるまで娘の姿を目で追った。
エンジンをかけて車を動かす。
さっきまで娘がいた席。
さっき一緒にご飯を食べたファミレス。
さっきここを通った時は一緒にいたのに……。
溢れる涙は幸せの涙。
娘の門出を祝う、はなむけの涙。
そう自分に言い聞かせて、心にぽっかり空いた穴を必死に埋めようとしていた。